真夏の海

「わー!海だー!!」

バスを降りた途端、一目散に駆け出す楓。焦って追いかけようとするも、後ろの方に座っていたせいか、先に降りた2人に追いつくのは難しそうだ。深いため息を吐くと、横にいた菅原が苦笑いを漏らす。

「まあ、清水がついてるから大丈夫だべ」
「だと良いけど…」

手のひらを額に当てて、心の中で潔子に謝罪しておく。そんな私を見た菅原は、何を思ったのか手を差し出してきた。

「ほら、俺たちも行こう」

パチパチと数回のまばたきを繰り返す。差し出された手をまじまじと見つめていると、バッグを持っていない右手を掴まれた。そして、指先と指先が絡み合う。その途端、先程のバスでのことを思い出してしまい、頬が熱くなった。

「菅原!?」
「迷子防止だべ」

ニシシッと笑われる。潮風がやさしく靡いて、熱くなった頬を撫でた。菅原は、そんな私なんてお構いなしに、繋いだ手をプラプラと揺らしてくる。

「迷子って…そんな歳じゃないし」
「はいはい」

ついつい溢れてしまう憎まれ口。それなのに、菅原が嬉しそうに笑うものだから調子が狂う。







更衣室までたどり着くと一旦菅原と別れた。潔子と楓は更衣室の前で待っていてくれたようで、2人に合流する。

「お待たせ」
「お姉ちゃん早く行こう」
「分かったから引っ張らないで」

水着に着替えた後、先程菅原と別れた場所まで戻ると菅原は既に待ってくれていた。お待たせ、と声をかける前に、その姿に思わず見惚れてしまう。菅原はもともと肌が白い方だけど、それが太陽の光にあてられて美しさが際立ったいるように見えた。程よくついた筋肉が、その魅力を掻き立てている。そんな変態じみたことを思ってしまい、直視出来ずに視線を逸らした。

「菅原先生ー!」

そんな私の思いなんて知らない楓が、菅原に飛びつく。

「おー。それじゃ、行くか」

楓の横に並び、歩いていく2人の後ろ姿を私と潔子は追いかける。

「桜、菅原に見惚れてた?」
「なっ…」
「素直になれば良いのに」

潔子は悪戯っ子のような笑みを浮かべている。珍しいその表情が、酷く恨めしい。

「楓ちゃん、菅原に懐いてるね」
「懐いてると言うか…まあ、担任だし」
「良い先生に恵まれたね」
「うん」

一足先に海辺までたどり着いた菅原と楓は、準備体操をはじめている。てっきり、そのまま入ってしまうのかと思っていたけれど、さすが菅原。抜かりない。菅原の真似をしながらストレッチを終えた後、4人一緒に海の中へと入っていく。時折、楓が容赦なく私たちに海水をかけてきたり。それをやられた菅原が、「やったなー?」と容赦ないお返しをしたり。楽しそうにはしゃぐ楓の姿に、私の頬が緩んでいくのが分かる。しばらく遊んだ後、休憩をすることになった。

「何か飲み物買ってくるね」
「あ、俺も一緒に行く」

楓は海からは出たものの、砂浜で貝を拾うのに夢中になっていた。潔子がついててくれると言ってくれたので、お言葉に甘えることにする。

「更衣室の近くに自販機あったよね?」
「おー」

再び菅原と並んで歩く。自販機の前までたどり着いて、スポーツドリンクを購入した。

「持つよ」
「ありがとう」
「うん。…あのさ、桜」
「ん?」

不意に足を止めた菅原。私は不思議に思いながら後ろを振り返る。頬を赤らめた後、

「さっき言いそびれたんだけど、その水着似合ってる。可愛い」
「!」

高校生でもあるまいし、こんな言葉で胸をときめかせるなんてと思うけれど、その想いに反して頬が綻んでしまう。

「これ選んだの潔子だから」
「へー。相変わらず清水はセンスが良いな」

ありがとうって素直に言えば良かったのに、ついつい可愛げのないことを言ってしまう。言われっぱなしは癪に触るので、

「菅原もかっこいいよ」

と言ってやった。だけど、彼は余裕そうに微笑むので、肘で軽く横腹を突いてやる。「いてっ」という声を流しながら、早足で楓たちの元へと戻った。

「あ!おい、待てよ桜ー!」







水分補給をした後は、ビーチバレーをすることになった。チーム分けは経験者が同じチームにならないように、私と菅原、潔子と楓がグーとパーをする。

「グーの人?」

菅原が天へと拳を掲げて問うと楓が嬉しそうに、菅原の元へと駆け寄っていく。

「潔子よろしく」
「うん」

一応これでも、中学の頃はベストリベロを取ったのだ。負けるわけにはいかない。

「潔子!」

潔子も元陸上部なので、運動神経はそれなりに良い。

「ラスト桜!」

バシンッと打ったスパイクは楓に拾われる。楓は最初こそ、動きがぎこちなかったものの組んでるのが菅原なので、その助言を元にコツを掴むのが早かった。菅原は昔から人に教えるのが上手いのもあるだろうけれど、

「よしよし、いいぞ楓さん」
「ふふ!菅原先生ありがとうございます!」
「流石、私の妹」

敵ながら天晴れだとドヤ顔してやる。白熱したビーチバレーは、私たちの勝利となった。あっという間の1日が過ぎ、疲れ果てたのか楓は帰りのバスでは爆睡だった。

「潔子、菅原。今日はありがとう」
「ううん。私も楽しかったから」
「俺も俺もー」

普段、あんまり構ってあげられなくて申し訳ないけれど、今日が楓にとって、夏休みの良い思い出になってくれたら良いなと思った。




20210210
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