そして、ささやかな夢をみる
京都校との交流会まで、あと1週間。そんなある日、私は家入さんに呼ばれて医務室を訪れていた。

「失礼します」
「早かったな。そこにでも座っててくれ」

相変わらず酷い隈を作った状態で出迎えてくれた家入さんは、奥で何やらしているようだ。仄かにコーヒーの香りがするので、飲み物でも入れてくださっているんだろうか。私は、お構いなく、と呟くが、気にするなと言われる。

「歌沢の一族は、海外の血が混じっているんだっけな」

ぽつり、と呟かれた言葉を聞いて思案する。断片的な記憶を手繰り寄せた。

「………確か私の祖母がロシア人です」

私が生まれる前に亡くなったと聞いているので、会ったことはない。なので、祖母がどんな術式を扱っていた人なのかも分からない。けれど、多分"音"に関係しないものなのだろう。あの時代に国際結婚な上、異能の女を妻とした祖父には風当たりが強かっただろうと想像できる。

「君、クォーターだったのか。通りで肌が白いはずだ」
「?そうなんですかね…」
「祖母というのは、どちらの?」
「父方の方です。私が名乗っている苗字は、母親の旧姓なので…」

須藤家は、母親以降、呪力を持った人間が生まれなかった。母親が嫁いでしまってからは呪術師がいなくなっているらしい。須藤の家の血を引いていて、呪力を持つ人間は私くらいだ。須藤の一族も、歌沢の一族も"音"を媒介とした術式に長けた一族だ。これらは全て、五条先生から聞いた話だけど。

__音楽は、呪いにも癒やしにもなるのよ

「だから洋楽器を扱うのか?」
「持ち運びが便利だから、というのもありますね。あと、頑丈なので」

木や竹で出来ている楽器は戦闘には不向きだ。

「あと、これは祖母の形見らしいです」

懐にいつも入れているハーモニカを取り出した。

「へえ…」

家入さんは、こちらにやって来て私の目の前に座った。そして、ミルクと砂糖はいるか?と問う。私はお言葉に甘えて、どちらも1個ずつお願いします、と頼んだ。目の前に置かれたアイスコーヒーに手を伸ばし、口に含む。冷たくて苦いそれは、なんだか心地が良かった。

「これ、一応治療経過な。渡しておく」

置かれていたカルテの下から、ノートを取り出して渡された。パラパラと軽くめくって目を通してみると、カルテのコピーが貼り付けられていた。ここ2ヶ月の私の経過が書かれているようだ。

「ありがとうございます…。それで、私を此処に呼んだと言うことは、何か分かったんですか?」

早速本題に入ろうと家入さんに問う。原因不明の体調不良が続いて、もう2ヶ月になる。いい加減解決させたかった。

「………それ、なんだがな」







医務室を後にして、女子寮の方へ向かっていると、見慣れた人影があった。出来れば今は会いたくないと思っていたけれど、そうもいかないらしい。

「何してるんですか、五条先生」

いつも忙しいと愚痴愚痴言っている癖に、こういうときに限って現れるのだから困ったものだ。

「硝子から聞いたんだろ?」
「そうですね」
「驚いたか?」
「……まあ、それなりに」

でも、原因が分かってしまえば、後はどうするか次第だと思う。

「1人で動く気か?」

確信めいた問いに、言葉に詰まった。誰かを巻き込みたくないと思っていたこともお見通しなようだ。こういう日が来るかもしれないと言うことを、もしかしたら、五条先生は分かっていたのかもしれない。だから、人に甘えるということを覚えなさいと言ったのだろうか。

「…忙しいんでしょ、五条先生」
「そりゃあ、最強だからね。だけど、生徒が危険に足を突っ込もうとしているのに、手助けしないなんて教師失格だろ」
「もう担任じゃないくせに」
「つれないこと言うなよー」

ぎゅっと、拳を握りしめた。そして、五条先生が欲しいと思っているだろう言葉を音にする。

「1人では行きませんよ」
「……そうか、」

付いてきてくれるか否かは、彼ら次第だ。

「まあ、その前に交流会があるんですけどね」
「その後動くのか?」
「そうですね、そのつもりです。なので、先生、」

私よりも何pも高い先生の肩に触れた。目隠しをしている顔は、相変わらず何考えているか分からない顔をしている。

「いっつも先生の任務代わりにしてるんだから、2年生の任務減らしてくださいね」

にっこりと笑ってそう告げれば、お手上げだと言わんばかりに笑われた。







20201201 第2章 [完]
水面下で、じわりじわりと動き出さなければ。いつ死んでもおかしくない命だけど、後悔のないように、いきたいから。
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