傷口から浸食されていく
1月後。

"2018年9月。神奈川県川崎市キネマシネマ。上映終了後、男子高校生3名の変死体を従業員が発見。死因、頭部変形による脳圧上昇、呼吸麻痺"


私は家入さんの元を訪れていた。これから、変死体の解剖をするという家入さんに見学していかないかと言われたからだ。寝かされている変死体を見て、あまりの見た目にオエ…と気分が少し悪くなる。

「大丈夫か」
「は、はい…これも慣れなきゃですよね」

マスクをし直して顔を上げる。見た目は明らかに呪霊なのだけど、

「これ、もしかして…?」
「人間だよ。いや、元人間と言った方が良いかな。おそらく、呪術で身体の形を無理矢理変えられている」
「そんな…」

事の重さに膝から崩れ落ちそうになるのを必死に耐えた。誰が、こんな惨いことを。おそらくやったのは呪詛師だろうが、何も罪のない一般人に、こんな仕打ちはあんまりではないか。いや、何の罪もないかどうかは身元が分からなければ分からないかもしれないけれど。

「脳幹の辺りにイジられた形跡がある。…恐らく、意識障害、錯乱状態を作り出すためだろう。脳までイジれるなら、呪力を使えるように人間を改造することも可能かもしれんな」

見えるか?と家入さんが言った。私は開頭された部分をのぞき込んで、ゆっくりと頷く。

「………私、脳について勉強し直します」
「そうか。お前、身体の方は最近どうだ?」
「絶好調と言えないのが心苦しいです。あ、1ヶ月分の経過、持ってきました」

鞄からノートを取り出すと、書類が置かれている場所を指し示される。おそらく、そこに置いておいてほしいのだろうということが、安易に読み取れた。私はそこに、さっとノートを置く。

「反転術式の方はどうだ?」
「長期戦だと思ってますから。まだまだ、諦めませんよ、私」
「そうか。また何かあれば呼ぶ。須藤も何かあれば来い」
「ありがとうございます」

鞄を持って立ち上がった。拳に力が入る。結局、私は、まだまだ無力なのだ。







自室で勉強していると、なんだか落ち着かなかった。イヤホンをつけて音楽を聴きながらやってみたりもしたけれど、それだと、音楽に集中してしまい内容が頭に入ってこない。気分転換に真希ちゃんをロードワークに誘って、1時間程走り込みをしたが、結局気分転換にならなかった。

「シケた面してどうした?棘となんかあったか?」
「なぜそこで狗巻くんが出てくるの…?」
「なんとなく」
「みんなして、最近そういう話好きだよね」

少し前に、五条先生にも言われたっけ。あんまり、そういう話をするのは、狗巻くんに失礼だと思うから止めた方が良いと思うんだ。

「棘のこと嫌いか?」
「いや、好きだけど…」

それは、そういう"好き"ではないと思うんだ。

「分かんねーだけじゃね?」
「確かにそういうことが、わからないのは事実だけど…」
「なら、もし棘に告白されたら、どうすんだ?」

その質問に、言葉に詰まった。狗巻くんに、もしも告白されたら、どうするだろう。そう思ったところで、彼は告白というものをどうするのか?という疑問が湧き起こった。

「狗巻くんって、"愛してる"をどう言うんだろう…?」
「おっ、そこに興味あるのか?聞いてみたらどうだ?」
「っば、…聞けるわけないじゃんそんなこと!!」

それでは、私が狗巻くんのこと好きみたいじゃないか!と思ったところで、口を閉じた。

「真っ赤だぞ?顔」
「真希ちゃんが、こんな話するからじゃない…」
「ま、元気でたなら良いけどよ」
「えっ…」

ばっと顔を上げると、お見通しだと言わんばかりに見つめ返された。そして、コキコキと首を鳴らしている。

「珍しく熱入ってたもんな、今日。なんかあったんだろ?別に言わなくて良いけどよ」
「うん…まあ、少し」
「無理すんなよ、じゃあな」

真希ちゃんはそう言って部屋に入ってしまった。私は、軽くシャワーを浴びた後、もう1度勉強しようとしたが、自室では集中出来ず、談話室に行くことにした。談話室には、誰も居なくて、小さめな音量でクラシックを流しながら、医学書を開ける。思いの外集中していると、ブーブーとマナーモードにしていたスマホが鳴る。スマホ画面をタップすると、狗巻くんからだった。しんどそうな顔をしたキャラクターのスタンプが送られてきている。確か、彼は今日任務だったはずだ。私は思わず、電話をかけていた。

『………こんぶ?』

__ビデオ通話じゃないの?

「あっ………、ごめん。その、怪我したんじゃないかと思って、動揺して…」
『ククッ、いくらいくら』

__かすり傷だから落ち着いて

「そうなんだ…良かった…」
『ツナ、こんぶめんたいこ』

__ビデオじゃなくても、分かるんだ
そう言われて、会話が成り立っていることに気がついた。ジャスチャーがないのに、声のトーンと話し方だけで、狗巻くんがなんとなく何を言いたいのかが分かる。

『ツナツナ、ツナマヨ』
「………ごめん、ツナマヨは分からない」
『しらすー?』
「あ、分かった。からかって遊んでるんでしょ!?」
『お、おかか!』
「動揺した!絶対今、私で遊んでたでしょ!こっちは心配してるのに!」
『おーかーかー』
「ちーがーいーまーせーん!………今ね、丁度、談話室で勉強してたの。1人だよ」
『しゃけ。めんたいこ』

__分かった、今すぐ行く

プツリ、と電話が切れる。私は勉強道具をそのままに、慌てて自室に救急箱を取りに戻った。狗巻くんが、どこから電話をかけていたかは分からないけど、談話室に来るまでにどれくらいの時間が掛かるだろう。出来れば、怪我人を待たせたくはない。

救急箱を抱えて、談話室へと急ぐ。電話での様子から、内臓とかやられてるわけではないだろう。本人はかすり傷だと言っていたし。でも、かすり傷というものは、人によって判断基準の差が激しい。パンダくんなんて、この間、腕がもげたにも関わらず軽傷だと笑って居た。確かに、パンダくんの場合は、腕がもげようが潰れようが、後からなんとでもなるんだけど。

談話室までたどり着くと、私が先ほどまで座っていたところに人影が見えた。

「狗巻くんっ…!」
「?こんぶー」
「お疲れーじゃないよ!怪我したとこ見せて!!」

そう言うと、左前腕にできた5p程の裂傷を見せられる。

「………これの何処がかすり傷なの!」
「おかかおかか」
「落ち着いてるよ!血、止まってないじゃん!かすり傷は、出血がすぐ止まるくらいのことを言うんです!これは、かすり傷じゃないよ!」
「ツナマヨ…」

__ごめんね
患部の上を抑え付けて、腕を上に上げてもらう。出血がなかなか止まらない場合、出血部位を心臓より高く上げるようにする。

「、違う、ごめん。ちょっと、びっくりしただけ…ごめん…言い過ぎた…」

任務に出たなら、これくらいの怪我は日常茶飯事だ。その度に反転術式の治癒を受けて、塞いでもらっている。だから、狗巻くんのかすり傷という言葉も間違いじゃないんだ。今日の、私がおかしい。

「…明太子、たかな?」

__何で、泣きそうな顔してるんだ?
私が立っていて、狗巻くんが座っているから、今日は俯くと狗巻くんの顔が目の前にある。自由に動かせる右手が、私の頬に触れた。

「ツナ?」

__俺のせい?
違うよ、という意味を込めて首を横に振った。

「……今日ね、家入さんに変死体の解剖をするところを見せてもらったの」

ぽつりぽつり、と言葉を紡いでいく。時折、涙がこぼれ落ちそうになって、顔を上へ上げて、深呼吸をした。

「これがもし、自分の大事な人だったら?とか、反転術式の勉強をはじめて、4ヶ月も経つのに分からないことだらけで…多分、私、焦ってるんだと思う。なんか、色々考えちゃうと言うか……うーん、ごめん、上手く言葉に出来ないや」

結局、考えが纏まっていないから、上手にこの感情を伝えられない。その時、狗巻くんが立ち上がって、背丈があんまり変わらないので、目線が合う。

「明太子」

__泣いて良いよ

それを皮切りに、ポロポロと涙がこぼれ落ちていく。乗り越えないと行けない壁なのだ、と言い聞かせた。

「ツナマヨ。ツナ、ツナマヨ」

__頑張ってる。充分、頑張ってるよ

「…いぬまきく、」
「明太子。ツナマヨ、こんぶ」

__諦めないで。大丈夫、努力は無駄にならない

「…うん、」

左腕を下ろして貰うと、血は止まっていた。思ったほど、深い傷ではないみたいだ。縫うことは出来ないので、血が止まらなければ家入さんを呼ぼうと思っていたのだけど、大丈夫そうだ。救急箱から消毒液を取り出して、なるべく痛くないようにポンポンとやさしく塗ってあげる。それでも、少し染みたみたいで、狗巻くんは顔を歪めた。

「ごめんね…」
「ツナマヨ!」

__大丈夫!

化膿止めの薬をガーゼに塗って、それを患部に被せる。そして、その上に手先から上へ向かって包帯を巻いていった。

「もし、明日ジクジクしたり、血が出たりしたら家入さんに見てもらった方が良いと思う」
「しゃけしゃけ、ツナマヨ」
「ありがとうはこっちの台詞だよ…情けないところ見せてごめんね」

しゅん…と肩を落として俯いた。すると、あろうことか鼻を摘ままれる。

「痛っ、ちょっと!何するの!」
「しらす」
「………そこで、それ言わないでよ!まだ、その言葉マスターしてない!」
「ツナマヨー」
「だから、ツナマヨで代用しないで!」

その後、いつも通りの悪ノリと言う名のからかいがはじまった。結局、後半、狗巻くんが何を伝えたかったのかは分からないけど、絶対に"しらす"をマスターして、その暁には、今日やそれ以前になんて言っていたのか理解して、反撃してやるんだから!!





20201128
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