毎晩、何をしているのか不明のエラクゥスと、仮面のヴァンパイアと戦ってくるテラとアクアを見送り、フィリアはバルコニーの側の窓際に座っていた。あの羽音がしたがノックがないためカーテンを開くと、バルコニーの隅っこで気まずそうに立つヴェントゥスがいる。まるで普通の少年のようにシュンとした顔が雨の中の仔犬のようだ。
 フィリアはホッとしたあと、ハッとする。ヴェントゥスはロクサスとは違う。血を啜るために通ってきているのだ。

「もう来ないかと思った」

 フィリアがバルコニーへ出ながら声をかけると、ヴェントゥスはちらりと視線をよこす。ロクサスが拗ねた時もこんな顔をしていた。

「フィリアは俺に来てほしかった?」
「……かもね。会えるのも、今日が最後だから」

 フィリアの発言によほど驚いたのか、ヴェントゥスが目を丸くして何度も瞬きした。フィリアは続ける。

「明日の日没までにキーブレードを安定して出現させることができなければ、私は別のところへ送られてしまうの」
「えっ?」
「初めから、その約束だったから」
「なんだよ、それ」

 ヴェントゥスから怒気を感じるも、フィリアは淡々と語ることに努めた。

「だから、お別れを――」

 言葉の途中で、ヴェントゥスが抱きしめてくる。華奢な見た目の少年らしからぬ腕の強さに、フィリアは息が苦しくなった。

「ヴェントゥス。離して」
「いやだ」

 首筋に顔をうずめたヴェントゥスの吐息を感じ、吸血されると覚悟したフィリアはひたすらに己の手を見つめた。やはりキーブレードが出現する気配はない。もうロクサスと会えなくなる危機は同じなのに。あの時だけの特別だったのか? 諦めの気持ちがふくらんでくる。
 一方で、いまだヴェントゥスは噛んでこなかった。

「血を吸う前に、フィリアが俺の手の届かない場所に行ってしまうなら……」

 ヴェントゥスの背についている羽が広がる。フィリアは「まさか」とヴェントゥスから離れようとしたが、ヴェントゥスの思うままにバルコニーの柵上へジャンプする方が早かった。

「やっ、待って!」
「俺と来て」

 ヴェントゥスが笑んだ瞬間、飛び降り、滑空し、そのまま夜空を飛行しはじめる。バルコニーはみるみる遠ざかり、すぐに見えなくなった。



 夜の空中散歩の到着先は、広い敷地を抱えた屋敷だった。ここの住人をヴェントゥスたちが洗脳し、住まわせてもらっているらしい。屋敷の者たちはフィリアを抱えたヴェントゥスが廊下を闊歩していても騒ぐどころか首を垂れた。全員血の気がない顔色をしており、洗脳されていた。

「どうしよう……」

 フィリアは何度も頭の中でそうつぶやいた。血を吸われ殺される可能性ばかり考えて、まさか連れ攫われるとは。言葉が通じるから、なんだかんだ手を出してこないから――ヴェントゥスからの執着をどこか甘く見積もっていた。

「怖がらなくていいよ」

 ヴェントゥスが優しくほほ笑んでくるが、フィリアは気が気でない。この屋敷には彼の仲間のゼアノートと仮面のヴァンパイア、最低ふたりは他のヴァンパイアがいるはずで、フィリアを仲良く分け合って殺そうとしてくる可能性もあるかもしれないのだ。

「着いたよ」

 ヴェントゥスがとある一室の扉を開く。「俺の部屋」と気安く言うが、贅を尽くした調度品に囲まれており、フィリアは身長の何倍も大きなベッドに降ろされた。孤児院のベッドはもちろん、スイートルームのベッドよりも寝心地がよさそうなベッドはもがくほど身が沈んだ。

「ここで待ってて」

 フィリアを降ろすと早々に、ヴェントゥスは来た時と同じ足取りで部屋から出て行こうとし、扉を開く前に振り向いた。

「ちょっと出かけてくる。フィリアは、夜の間は絶対にこの部屋から出ちゃダメだ」
「どこへ行くの?」
「ここにいて」

 上機嫌顔のヴェントゥスがそのまま部屋を出て行ってしまい、フィリアはひとり部屋の中に残された。



どうする?

→ 部屋から出る
→ 部屋から出ない



R5.9.5




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