- ナノ -


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 君はどれだけ、誰かのために空を翔けてきた? 黒色の鱗を持った竜が口の端で笑うようにして言う。問いかけられた竜が押し黙っていると、彼は徐に空を見遣った。ごらんよ、あの鳶色の竜を。託された言の葉や想いを届ける、そのために飛ぶのだ。鳶はちんけな自己実現のためとか、欲望の如く吹き出し続ける好奇心とかのためには、飛ばない。
 鳶色の竜は満ち足りた顔をしていた。そこに無理という名の色は一筋も混ざってはいない。しかし──。
 なおも言葉を発しない竜に、黒竜は、ふんと鼻を鳴らした。


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