- ナノ -


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 ねえ、と彼女は竜に呼びかける。もし、竜より先に人の方がこの世界からいなくなったら、竜たちは、人のことを忘れずにいてくれるかな。竜はこたえて言った。少なくともわたしは覚えているだろう、と。
 彼女は微笑む。すてきな記憶として残りたいな。名も知らない野の花みたいに、そっと静かで、ちいさな存在でもいいから。
 雲間から光が差し、彼女の頬を撫でた。竜は何かを言いかけ──何も言わなかった。


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