話し声が聞こえて目が覚めた。

次第に意識がはっきりしてくるにつれ、それが男女が混ざった複数人のものであることがわかった。
周りで何人かが、小さな声で話している。

目を開けた私は、一瞬、自分がどこにいるかわからずに戸惑った。

だが、すぐに思い出す。

ここはショッピングモールの家具コーナーだ。
一つずつ部屋のように家具がセットになって展示してあるブースが幾つかあり、その内の一つのベッドの上にいるのだった。

周りには何人か固まって集まっていて、声をひそめるようにして話している。

私は枕元に置いてあったスマホを手に取った。
今日は土曜日。
いつも自宅で目覚めるには少し早い時間だ。

何故、こんな場所にいるのか。
それを思い出して、背筋がひやりとして嫌な汗が浮かんだ。

“ゾンビ”

そう、昨日見たアレはそうとしか形容しようがないものだった。

「あ、起きたね」

ひょいと誰かが覗き込んでくる。
端正な顔立ちに甘い微笑み。

「おはよう」

「おはようございます」

買い物に来た先でアレに遭遇し、次々に広がっていく恐怖の連鎖にパニック状態のまま逃げ惑うしかなかった私を導いてくれたのが、この青年だった。

「気分はどう?って、いいわけないか。顔色がよくないね。向こうで食事配ってるけど、何か食べられそう?」

「えっと、少しなら…」

「じゃ、貰ってくるね。そっちのトイレで顔洗えるよ」

「ありがとうございます」

「お礼なんていいって。こんな時なんだからお互い様だよ」

青年は笑顔でひらひらと手を振ってみせると、向こうへ歩いて行った。

それで、また思考の海に沈み込む。

とりあえず生き延びることは出来た。
でも、これからどうすればいいのだろう。

ここは安全だ。
いち早く異変に気がついた人が非常用シャッターを下ろしたお陰で他の場所から隔離された状態になっている。
ただ、アレが侵入して来られない代わりに、ここから出ていく事も困難だった。

家に帰りたいが、そう簡単にはいかないだろう。
それとも、非常事態だから、避難所みたいなものがあるならそこへ行くべきなのだろうか。

「朝ごはん貰って来たよー」

「あ、ありがとうございます」

「はい、パン。甘いの平気かな?」

「はい。大丈夫です」

「飲み物は適当に買って来ちゃったんだけど、これ、林檎ジュースね」

「ありがとうございます。あの…」

「うん、俺のもあるよ。一緒に食べよう」

「は、はい」

「あはは、まだ固いね。リラックス、リラックス」

「すみません…」

「まあ、仕方がないか。俺達、出会ってすぐにあんなことに巻き込まれちゃったし。自己紹介だってまだだしね」

彼はスポーツドリンクの封を切りながら朗らかに言った。
努めて明るく振る舞ってくれているのがわかる。
強い人だ。そして、思いやりのある優しい人だ。

「俺は、及川徹。この春から大学の、ピチピチの大学一年生だよ」

「及川さん?」

「徹でいいよ。もう俺達運命共同体みたいなものじゃない?水くさいことは言いっこなしで」

「はい、徹さん」

「あ、それいい。今きゅんときた」

思わず笑ってしまった。

「うん、思った通り、可愛い笑顔だ。それで、俺の大事なパートナーはなんていう名前なのかな?」

「私は、私の名前は苗字なまえです」

「よろしく、なまえちゃん」

徹さんが手を差し出してくる。
私がその手を握ると、しっかりと握り返された。
大きくてあたたかい手だった。


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