その『試写会のご案内』という封筒が届いた時、いつも通っている映画館からのものだと安易に思い込んでしまった。
一駅で行ける街にある映画館のシネマクラブに入会していたので。

「『人喰いピエロ』か…」

最寄り駅から無料送迎バスが出るということもあり、せっかくだからと行ってみることにしたのだが、その決断を後々まで後悔することになるとは、この時は思いもよらなかった。


「随分、山奥のほうまで行くんだなあ…」

思わず呟いたなまえを乗せたバスは、緩やかにカーブした山道を登っていく。

バスの車内は満席で、なまえはそのことに安堵を覚えた。
自分だけではないのだという安心感。
それが彼女の判断を曇らせていた。

かなり山奥まで入り込んだところで、突然辺りの景色が拓けた。
その中央には、そこそこ大きな洋館がひっそりと佇んでいる。

「凄い!まるで映画に出てくる館みたい」

通路を挟んだ反対側から上がったはしゃいだ若い女の声を聞いて、なまえも確かにその通りだと思った。
映画に、それもホラー映画に出てきそうな館だ、と。

バスはその敷地内に入った所で止まった。
プシュッと音がしてバスのドアが開く。

乗客達が降りていったので、なまえも後に続いてバスを降りた。

周りは深い森に囲まれていて、どこかから、ギャアギャアと鳴く鳥の声が聞こえてくる。

洋館の入口は既にドアが解放されており、『試写会会場はこちらです』という立て札に従って、なまえ達は館の中に入っていった。

「きゃあっ!」

女が叫ぶ声がして、途端に周囲にざわめきが広がっていった。

その原因は、エントランスホールの柱に貼り付けられた巨大なピエロの顔にあった。
よく出来たオブジェで、かなりリアルだ。
ギョロリとした目がゆっくりと左右に動いている。

「ただの飾りだよ。ほら、ピエロの映画だから」

誰かが言って、安心したような笑い声がそこかしこから上がった。

「あんた、ほんと怖がりなんだから」

友人らしき人物に揶揄されて、先ほど悲鳴を上げた女も恥ずかしそうに笑っている。
なまえも内心同じ気持ちだったので、密かに彼女に同情した。

エントランスホールにはまた立て札が立っていて、映画館と同じように短い階段を上がった先に大きな扉を示している。

「こっちだ」

先頭にいた男がドアを押し開けて中に入っていったのを見て、皆彼の後に続いた。

中は薄暗く、映画館と同じ作りになっているようだった。
緩やかな段差に沿って客席が並んでいる。
正面には大きなスクリーン。

なまえは招待状に記載されていた番号を見て、自分の席を探した。

ちょうど会場の真ん中辺りの通路側の席だった。

他の観客達もそれぞれ自分の席を見つけて着席している。

やがて、灯りが消えて辺りは殆ど真っ暗になった。

正面のスクリーンにカウントダウンの数字が映し出され、ゼロになった後にじわじわと血が滲むようにスクリーンが赤く染まっていった。

そうして映画が始まったのが、その内容は、山奥の映画館に閉じ込められた人々を『人喰いピエロ』が次々に喰い殺していくという、典型的なホラー映画だった。

正直、ホラーものは苦手なので、無料の試写会でなければわざわざ観ることもなかっただろう内容だ。

「結構面白かったね」

なまえの隣に座っていた女が、反対隣にいる男にそう囁いていたから、ホラー好きにはそこそこ楽しめる映画ではあったらしい。


NEXT→


- ナノ -