人魚の世界では、十六歳になると海の上に出て人間の世界を見に行くことが許可される。

今年十六歳の誕生日を迎えて初めて海の上に出たなまえが最初に目にしたものは大きな船だった。
貝を模したエンブレムが横腹に刻まれた豪華客船だ。

(うわあ…大きい…)

その船の中では数日前から連日連夜に渡ってマフィアの御曹司の誕生日パーティーが開かれていた。
オーケストラの生演奏に合わせて、美しく着飾った大勢の人間達がダンスに興じている。

その輪の中から外れ、一人甲板に佇む男の姿になまえは目を惹かれた。
今夜のパーティーの主役である御曹司だ。
酒の入ったグラスを片手に夜の海を見つめるその顔はどこか寂しげに見えて、なまえは彼から目が離せなくなってしまった。

突然大きな波に襲われ、なまえは驚いて辺りを見回した。
──嵐だ。
海上の天気は変わりやすいと聞いていたが、空には稲光が走り、先ほどまで穏やかだった風は早くも荒れ狂い始めている。

「うお"ぉい! ザンザス!」

誰かの叫び声が響き、御曹司が鋭くそちらを振り返った。

「ここはやべえ! 今の内に中に入れぇ!」

しかし、遅かった。
不意に大きく船がかしいだかと思うと、甲板に大波が襲いかかったのだ。
人間にはひとたまりもない。
逃げる暇もなく、御曹司の身体は海の中へと投げ出されていた。

渦を巻く暗い海の中。
たちまち海中深くへと引きずりこまれていく男に向かってなまえは慌てて泳いでいった。

身体は男のほうが大きいし、力もきっと強いだろう。
だが所詮は人間だ。
海の中では人魚であるなまえに分がある。

激しい海流の力に藻がいていたが力及ばず意識を失った男のもとに辿り着いたなまえは、必死にその身体を抱え込み、海上目指して浮上した。



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