「骸さん?」

階下から聞こえてきた声に、骸はふと視線を向けた。
アパートの階段の下、手摺に片手をかけて若い女性が一人こちらを見上げている。
このアパートの管理人の沢田なまえだ。
骸は彼女に柔らかく微笑みかけた。

「おはようございます、なまえさん」

「おはようございます。犬ちゃんが遊びに来てたんですね」

「すみません、犬がお騒がせしました」

「いえ…大丈夫です」

とんとんとん、と階段を上がってきたなまえは困ったような淡い微笑を浮かべて首を振ったが、迷惑をかけたのは間違いない。
犬のせいで近隣の住人から騒音の苦情がくるとしたら、管理人である彼女の所なのだから。

「犬ちゃん、寂しくなって骸さんに会いに来ちゃったんですね。大きな声を出したことは注意しないといけないけど、あまり怒らないであげて下さい。骸さんのことが大好きなんですよ」

そう言って足元に転がって痙攣している犬を優しく見下ろし、よしよしと撫でてやっている彼女の姿に、骸の胸があたたかいもので満たされていく。

──ああ、本当に、君は……──

「そうだ、骸さん朝ごはんはもう食べました?」

「いいえ。まだです」

「じゃあ、一緒にうちで食べませんか?恭弥さんと、良かったら犬ちゃんも一緒に」

「いえ、犬はもう帰りますからお気遣いなく。僕だけで、」

「僕も行くよ」

振り返ると、既に身支度を整え普段着に着替えた雲雀が立っていた。

「君は早く着替えたら?パジャマで行く気かい?」

「…着替えてきます」

なまえは「はい」と返事をしてくすくす笑っている。
すれ違いざま、骸は雲雀をゾッとするような冷たい目で睨みつけた。

「堕ちろ、そして巡れ」

「今度抜け駆けしたら咬み殺す」


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