「五条先生が人狼だ」

迷いのない顔で伏黒くんが言いきった。

「間違いないわね」

「野薔薇ちゃんまで……」

「え、僕、信用無さすぎない?」

さすがの先生も困惑気味だ。

「まあ、とりあえず安全のためにどこかに隔離しておくか」

パンダ先輩の提案にその場にいた全員が賛成の意思を示したので、五条先生は昔使われていたという鉄格子のついた部屋に閉じ込められることになってしまった。

「でも、もし先生が人狼じゃなかったら?」

「もうじき日が暮れる」

パンダ先輩が言った。

「夜になればわかるさ」




「虎杖くん、お願いがあるんだけど」

「ん?俺?」

「五条先生におにぎり持って行こうと思うんだけど、一緒に行ってくれないかな」

「そういうことなら任せてよ。俺も先生のこと気になってたし」

「良かった。ありがとう」

虎杖くんと一緒に五条先生が閉じ込められている部屋に行くと、先生は床に敷いた毛布の上に悠々と寝そべっていた。

「なまえと悠仁じゃん。どうしたの?」

「差し入れ持って来ました。おにぎりとおかず」

「おっ、気がきくねえ。さすがなまえ。いいお嫁さんになれるよ」

「先生、俺もいんだけど」

「ああ、ごめんごめん。悠仁もいいお嫁さんになれるよ」

「いやいや、ならんし」

いつもの先生だ。やっぱり先生が人狼だなんて信じられない。
私が作ったおにぎりをもぐもぐと食べている先生を見て、私は改めて思った。




「釘崎が消えた」

翌朝、広場に集まったみんなに向かって伏黒くんが言った。

「悟は隔離されてたんだろ」

「間違いない。昨日鉄格子越しに虎杖となまえが会話している」

「じゃあ、どうして」

「人狼は一人とは限らないってことだ」

伏黒くんが言った。せっかく五条先生の疑いが晴れると思ったのに、話し合いの結果、先生は念のためこのまま隔離を続けようということになってしまった。
もうこれ以上誰も犠牲になってほしくない。その思いだけは全員共通していたのだが。

しかし、それだけでは終わらなかった。

翌日には狗巻先輩が、その次の日には真希さんが消えてしまったのだ。
そして、今朝は伏黒くんの姿がどこにも見当たらない。

「なまえは昨日も悠仁と一緒だったんだよな?」

「はい。毎日一緒に五条先生のところに差し入れをしに行っています」

「そのほうがいい。絶対一人になるなよ」

それがパンダ先輩の最後の言葉だった。
翌日にはパンダ先輩までもが消えてしまったのである。

残ったのは虎杖くんと私だけ。

でも、虎杖くんが人狼だとはとても思えない。それは彼も同じらしかった。
私達はいつものように五条先生に差し入れをした後、私の部屋で二人一緒に朝までいることにした。
ココアを飲んで、二人で遅くまで話していたのだが、私はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

「ごめん、虎杖くん、寝ちゃってた」

目を擦りながら言うと、小さく笑う声が聞こえた。

「無防備だね。僕が言うのもなんだけど、もう少し危機感を持ったほうがいいよ」

部屋の中にいたのは虎杖くんではなかった。

「五条、先生……?」

「あはは、やっと目が覚めた?」

五条先生が笑う。それから先生は目隠しを下ろして、あの青い宝石のような眼で私を見据えて言った。

「やっと二人きりになれたね」

「ど、どうして……」

「あんな鉄格子じゃ僕を閉じ込めてなんておけないよ。僕を誰だと思ってるの」

先生の手が私に向かって伸びてくる。
私は咄嗟にそれを避けると、あたふたと立ち上がって部屋の外に逃げ出した。

「鬼ごっこ、いや、かくれんぼかな?いいよ、好きなだけ逃げな」

笑みを含んだ先生の声が後ろから聞こえてくる。
誰かに助けを求めることも出来ず、私は泣きながら高専の敷地内を走り続けた。

どこか……どこかに隠れないと。

張りぼての建物ではすぐに見つかってしまいそうだったので、私は硝子さんがいつもいるはずの医務室に向かった。

「硝子さん?」

返事はない。まさか硝子さんまで消えてしまったのだろうか。
私は医務室の奥にある硝子さんの部屋に行き、クローゼットの中に隠れた。

どくん、どくん、と激しく心臓が脈打っている。

でも、ここならきっとしばらくは見つからないだろう。そう思いたい。






「見ーつけた」

一瞬、口から心臓が飛び出るかと思った。
五条先生がクローゼットのドアを広げて立っていたからだ。

「僕、かくれんぼ得意なんだ」

私に向かって伸びてくる腕から、今度は逃げられなかった。五条先生の胸の中にすっぽりと抱き締められる。

「つ か ま え た」

誰もいなくなった広大な高専の敷地内の片隅で。
私があげた悲鳴は誰にも届かないまま、五条先生の口の中に吸い込まれてむなしく消えていった。


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