「いらっしゃいませ」

涼やかなドアベルの音にも負けないくらい爽やかな優しい声に迎えられて、私は「おはようございます、安室さん」と笑顔を返した。

「おはようございます。モーニングにいらっしゃるのは久しぶりですね」

「今朝は時間があったので」

頑張って早起きして作った貴重な朝のひとときである。悔いのないように過ごそうとは思うのだが、いざ安室さんを前にすると振り絞ったはずの勇気がしぼんでいくようだった。

モーニングのセットを頼み、はあぁと深くため息をつく。やっぱり駄目だ。今回は諦めよう。

「何か悩み事ですか?」

「あ、いえ、ただ仕事に行くのが憂鬱だなって」

「本当にそれだけですか?」

心配そうな顔をされてしまうと心苦しい。

「そういえば、もうすぐバレンタインですよね」

唐突に安室さんが言った。にこにこと輝くような笑顔で。

「そのバッグの中にあるチョコを頂けると、とても嬉しいのですが」

聡い安室さんには何もかもお見通しだったらしい。
私はおずおずとバッグの中からチョコを取り出して安室さんに差し出した。

「受け取って頂けますか?」

「もちろん」

チョコを受け取った安室さんは本当に嬉しそうだった。

「ありがとうございます。もし頂けなかったらどうやっておねだりしようか考えていたんです。頂けて本当に良かった」

安室さんの青い瞳に一瞬よぎった不穏な影に、私は瞳を瞬かせる。
しかし、そう感じたのは一瞬だけで、一片の穢れもない笑顔に、きっといまのは見間違えだろうと思い直した。

「モーニングを召し上がりながらでいいので、少しお話しませんか」

「はい、喜んで」


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