「術式反転──“赫”」

五条さんが立てた人差し指に赤い光が灯る。
遠くから見たら小さな赤い点にしか見えないそれにどれほどの莫大な呪力が宿っているのか、見る人が見れば一目瞭然だろう。
私にさえ、それに恐ろしい威力がこめられていることがわかる。

それから先は一瞬の出来事だった。

指先から放たれた赤い光は瞬く間にその直線上にあった景色を変えてしまった。

「なるほど。面白い力ですね」

けれども、それは不死身の魔人を滅するには至らなかったらしい。
全くの無傷で佇む赤屍さんは、その黒衣に僅かの乱れもなくコートの裾を風になびかせていた。

「ですが、大振り過ぎる。避けるのは容易い」

「まあね。でも、その『避ける』のが普通は難しいんだけどね。大抵の呪霊はわかっていても避けられない」

初めから当たらないとわかっていたのか、五条さんは軽く肩をすくめただけだった。

凄まじい爆風が辺りに吹き荒れ、危うく飛ばされそうになった私を夏油さんが庇ってくれる。

「ありがとうございます」

「どういたしまして。私から離れないほうがいい。危ないから」

夏油さんは私の肩を抱き寄せ、自らの懐へ導いた。
夏油さんの大きな身体にすっぽり包み込まれる形となり、そんな場合ではないのにドキドキしてしまった。

「君はあたたかいね」

夏油さんの手が繊細な手つきで私の髪を梳き流す。

「このまま、君を攫ってしまおうか」

思わず夏油さんの顔を見上げると、彼は目にしたこちらの胸が痛くなるような切なく儚げな微笑みを浮かべていた。

「君が傍にいてくれたら、こんな世界でも生きていける気がするんだ」

「夏油さん……」

「悟や運び屋の彼ではなく、私を選んでくれないか……それとも、やはり私ではダメかな?」

「傑、お前なに抜け駆けしてんだよ!」

赤屍さんの赤い剣を防ぎながら五条さんが夏油さんに向かって叫ぶ。

「悪いね、悟。しっかり足止めしておいてくれよ」

「あっ、おいこら待てって!」

私を抱き上げた夏油さんが飛行タイプの呪霊に飛び乗る。
赤屍さんがこちらに向けて放ったメスは五条さんに邪魔されてここまで届かなかった。
その間に私達を乗せた呪霊は遥か遠くへと飛び去ってしまっていた。

「一度やってみたかったんだ、逃避行」

黒髪を風になびかせながら、夏油さんが涼やかに笑う。

「さて、どこへ行こうか。君とならどこまででも共に行けそうだ」

それはまるで全てのしがらみから解放されたような心からの笑顔だった。
──例え、一時的なものに過ぎなくても。
いまの彼はどこまでも自由だった。


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