午後から降り始めた雨は、夕方になるとますます勢いを増してきた。

「困ったなあ…」

シャッターの閉まったお店の軒下を借りて空を見上げる。

今朝はちゃんと天気予報を確認して傘を持って出掛けたのだが、運が悪いというか何というか、途中で休憩に寄った喫茶店で傘を盗まれてしまったのだ。
きっと降り出した雨に慌てた人が持って行ってしまったのだろう。

雨は酷くなる一方だし、辺りは暗くなってくるしで、全くついていない。

「あれ?雨宿りしてるってことは傘無いの?」

ふと視線を下げると、いつの間にか四人くらいの大学生とおぼしき男達に囲まれてしまっていた。

「実は俺達もなんだよね。この傘、実はコンビニの傘置き場から盗ってきたやつ」

「ばっか、お前、バラすなよ。警戒されてんじゃん」

ギャハハ!と下品な笑い声を響かせて、男達は勝手に盛り上がっている。

「いいから、いいから。ついてない者同士遊ばない?」

「遠慮します」

「えっ?今なんか言った?」

「遊んでくれるよねぇ?」

ずいっと迫って来た男からさっと身を退き、そのまま走りだそうとすると、彼らは退路を塞ぐように立ちはだかった。

「やめて下さい!」

「やめて下さいだってさ。かーわいい〜」

「お前の顔が怖ぇんだって」

またもや笑い声が響く。
その時だった。

「彼女から離れろ」

静かな、しかし、底に怒りと嫌悪を滲ませた声が割って入った。

「なんだぁ?」

男達が振り返る。

そこには、彼らとそれほど年齢が違わないのではないかと思われる細身の青年と、全身黒尽くめの長身の男性が立っていた。

「邪魔すんなよ兄ちゃん。怪我するぜ」

男達の中で一番ガタイが良い、腕っぷしに自信がありそうな男が二人に向かっていく。

「聞こえなかったのか。離れろと行ったんだ」

「てめぇ…!」

青年は殴りかかった男から軽く身をかわしたかと思うと、目にも止まらぬ速さで男の腹にボディブローを叩き込んだ。

「ぐはっ!!」

「こいつ…!」

「素直に立ち去ったほうが良いですよ。貴方達の敵う相手ではありません」

「!?」

いつの間にか黒尽くめの男性が私の傍らに立っていた。

いつどうやって移動したのか全くわからなかった。
それは男達も同じだったようで、動揺している様子が手に取るようにわかった。

「一応、忠告はしましたよ」

「お前ら何者だ!」

男達の一人を一撃で沈めた青年がボクシングの構えをとり、男達に向き直る。

「俺はピュア・ホワイト」

「私はキュア・ブラッディ」

二人は口々に名乗った。
どこかで聞いたような名前だ。

「この国を守るため」

「過程を楽しむために戦う」

「二人はピュアキュア!!」

やっぱりどこかで聞いたような名前だった。

「ふざけやがって!やっちまえ!」

「おや、もう良いのですか?」

黒尽くめ男性…キュア・ブラッディが楽しげに笑ったかと思うと、拳を振り上げた男の腕が突然何かに切り落とされたようにボトリと地面に落ちた。
遅れて吹き出した鮮血を雨が洗い流していく。

「ギャアアアア!?」

「な、なんだ…?何が……!?」

戸惑った声を出す男達の身体が次々に斬り刻まれていく。

私は見た。
見てしまった。

キュア・ブラッディの手に不気味に光るメスが握られているのを。

彼が視認出来ない速さでメスをふるい、男達を切り刻んでいるのだ。

「大丈夫か?」

ミルクティー色の髪を片手でかき上げた青年…ピュア・ホワイトが声をかけてくれるまで、私は呆然としたままその光景を見つめていた。

「だ、大丈夫です。ありがとうございました」

「礼には及ばない。この国を守るためだ」

「ご無事で何よりです。まあまあ楽しめたので構いませんよ」

「それより、早くここから立ち去ったほうがいい」

ピュア・ホワイトが傘を差し出してくれる。
一瞬躊躇したが、ありがたく受け取ることにした。

「ありがとうございます」

改めてお礼を言うと、ピュア・ホワイトは穏やかな微笑みを浮かべた。

「また絡まれないよう気をつけて」

「死体が増えますからね」

キュア・ブラッディの含み笑いに背中を押される形で、私は急いでその場から走り去った。

「無事で良かったですね」

「彼女に盗聴器を仕掛けておいて良かった。尾行にも気付いていなかったようだしな」

「せっかく目をつけた獲物だ。抜け駆けをされては困りますからね」

「怖いな」

「貴方こそ」

血塗れになり、気絶して転がる男達の上に、土砂降りとなった雨が容赦なく降り注ぐ。

二人の姿はまるで雨に溶けたようにいつの間にか消えていた。


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