10月なのに夏服がまだ仕舞えないなぁなんて思っていたら、あっという間に肌寒くなった。
残暑の名残りでいつまでも気温が高い日が続くのも困るが、これはこれで困る。
特に朝晩の急激な気温の低下には参った。
明け方頃の急な冷え込みに驚いて慌てて毛布を引っ張り出したぐらいだ。

「気温の変動が激しい時期ですからね。体調を崩す人も多いようです」

「あ、やっぱりそうなんですか」

「病院に行く程酷くはないものの、仕事に差し支えるぐらいには辛い、という人が一番大変なのでしょうね」

「ああ…よくわかります」

乾燥で肌が傷まないように念入りに化粧水をペタペタと付けて肌に染み込ませ、その上から乳液とクリームで蓋をする。
ここまで手をかけても恋人のほうが美肌だという悲しい現実に何度打ちのめされたことか。

その恋人は、先にベッドに入っていた。
黒地に縦にストライプが入った長袖のパジャマを着た彼は、ベッドに半身を起こして座って待っている。

ようやく就寝準備を終えたなまえは、よいしょと膝からベッドに乗り上げて、赤屍が空けてくれていたスペースに身を滑りこませた。

なまえの自宅と違って、ここは快適だ。
丁度良い室温に、上等な寝具。
いつまでも眠っていたくなるような優しい空間に、優しい恋人。

「私、もうヤバいです。うちに帰りたくなくなっちゃいそうで」

最高の肌触りの敷きパッドと布団にサンドされながら、赤屍にぴったりくっついて訴える。

「明日お仕事行きたくない…」

クス…、と笑みを漏らした唇が、それは困りましたねと優しく囁いた。
額と頬にキスが落とされる感触をうっとりと目を閉じて味わう。

「私も、貴女を帰したくありません。このままここに閉じ込めてしまいたいですよ」

目を閉じたまま彼に甘えるなまえは、その言葉に潜んだ“本気”に気付かないふりをする。
そうしないと、この人は本当の本当に実行してしまうだろうから。

怖い人なのだ。
この、赤屍蔵人という男は。

「…もうちょっと貯金したいから頑張ります」

「そうですか」

甘やかすような、面白がっているような声だった。
目を開ければ、人形めいた端正な顔立ちがすぐそこにある。

「今はまだ見逃してあげますよ」と、その瞳が語っていた。
きっと、こんなやり取りも彼にとっては『ウサギ狩り』の途中のお遊びみたいなものなのだ。彼が本気になれば、なまえは到底逃げられない。

「おやすみなさい、なまえさん。良い夢を」

甘い甘い美声に促されて目を閉じる。
緩く抱きこまれても息苦しさは感じず、ただ深い安堵を覚えた。

赤屍は体温が低いから最初はひんやりしているけど、くっついている内に体温が混ざりあって段々あたたかくなってくる。
そして、いつの間にかすやすやと気持ちよく眠ってしまうのだった。

どんな布団や枕よりも安眠出来る、でも気をつけないと永遠に閉じ込められてしまうかもしれない、この世で一番危険な抱き枕だ。


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