せっかくチケットが手に入ったからといって、病み上がりなのに調子に乗ってニューイヤーパーティーになんて参加しなければ良かった。
だから新年早々気分が悪くなって賑やかな会場の片隅でうずくまるハメになるのだ。

周りの参加者達の反応は様々で、どうすればいいか解らずおろおろしている者もいれば、知り合いと会話しながら遠巻きに様子を見守っている者もいる。
彼らの反応を冷たいなどとは思わない。
何が起こるか分からない今の世の中、誰だって進んで面倒事に巻き込まれたいとは思わないし、自分がやらなくても他の誰かが何とかするだろうと考えて様子を見るのは普通の反応だ。
ただ、手を差し伸べてくれる親切な人も存在しないわけではない。

「失礼」

掛けられた声と空気の動きで、人混みを割って歩み寄ってきた男性がすぐ目の前で屈み込んだのがわかった。

「私が診ましょう」

「お医者さま…ですか…?」

そうは見えなかったので少し驚いた。
たぶんパーティーの参加者ではない。
黒いスーツに
コートという格好で片手に大きな黒い帽子を持ち、目の前に片膝をついているその男からは、浮かれた雰囲気は微塵も感じられなかった。

彼は簡単な診察と応急処置をてきぱきと済ませると、誰かに病人がいるらしいと聞いてようやく駆けつけてきたスタッフに水を取って来させ、人心地ついて少し落ち着いてきたなまえを会場内にある医務室へと運んでくれた。

「本当に有り難うございました。お陰で助かりました」

「当然の事をしたまでですよ。私は医者ですからね」

冷静に考えれば何かがひっかかるおかしな状況だったのだが、残念ながら冷静さとはかけ離れた状態だったなまえは素直に納得してしまった。
何かあった時のためにと、言われるがままに連絡先を交換して、自宅まで送ってくれた彼をなんて親切な人なんだろうと感動さえしていた。
──その時は。



「ねえ、赤屍さん…」

「何ですか?」

「あの時はお仕事でパーティー会場に来てたわけじゃなかったんですよね?」

「ええ」


「じゃあどうしてあそこにいたんですか?」

「…お買い物に行く途中でして」

「絶対嘘ですよね!」

「まあ良いじゃないですか、細かい事は」

赤屍は穏やかな口調でそう言って明言を避けた。怪しすぎる。
なまえに背を向ける形でアイランドキッチンに立ち、紅茶を淹れているその広い背中を何となく納得いかない思いで見つめていると、湯気をたてるカップを二つ持って彼は振り返った。

「それよりも。最近またインフルエンザが流行っているようですから外出する時は気をつけて下さいね。貴女はあまり身体が丈夫なほうではないでしょう」

「はーい」

「今日の買い出しは私が行ってきます。貴女は家で暖かくして待っていなさい」

「でも…」

「良いんですよ。当然の事をしているまでです。私は貴女の恋人で医者ですからね」

相変わらず本心の伺えない微笑みを浮かべながら頭を撫でてくる恋人に、やっぱりどこか釈然としないながらも今この時の穏やかな幸せを嬉しく思う自分がいた。


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