借り物のパジャマを着て浴室から出て来た私を見て、彼は唇を笑ませた。

「明日服を買いに行きましょう」

私は素直に頷く。
清潔な香りのする男物のパジャマは、私には大き過ぎてぶかぶかだったからだ。

「服だけではなく、他にも色々と必要な物を買い揃えなければいけませんね。貴女専用の物を」

唇に微笑を乗せたままマグカップを差し出してくる彼に、またこっくりと頷く。
喉の奥で凍りついてしまっているみたいに言葉が出てこない。
お礼だとか、ちゃんと口に出して言わなければならないことがあるはずなのに、馬鹿みたいに頷くことしか出来ない。
でも彼はそのことを気にしている様子もなかった。

渡されたマグカップの中身は、湯気を立てるホットミルク。
温かいそれを一口飲んで、優しいぬくもりと甘さが広がっていくのを感じたとき、思い出したように涙が一粒零れ落ちた。
一度堰をきってしまえば、後はもう次々と溢れ出す涙が頬を伝い落ちていく。


私は迷子だ。

帰り方もわからない。
帰れるかどうかすらわからない。

「心細く思うのは当然です。泣いて少しでも気持ちが落ち着くならば、好きなだけ泣きなさい」

優しく言って、指で涙を拭ってくれた彼は、そのまま手で私の後頭部を包み込むようにして引き寄せ、自分の胸に私の顔を埋めさせた。

「私のような者には貴女の繊細な心の痛みは想像することしか出来ませんが、出来る限り力になるつもりでいます。ここを自分の家だと思って寛いで頂いて構いません」

彼の名前は赤屍蔵人。

私の世界によく似た、でも全く別のこの“セカイ”に独りぼっちで放り出された私を拾って助けてくれた人。

「大丈夫。何も心配いりませんよ。何も、ね……」

甘い囁きが耳から忍びこんで、弱った心を侵食していく。

たとえ彼が悪魔でも、私は彼に縋るしかない。



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