ぴんぽーん。

来訪者を知らせるチャイムが鳴ったのは、お風呂もご飯も済ませて、パジャマで晩酌タイムを楽しんでいる最中のことだった。
こんな時間にいったい誰だと思いながら缶を置いて立ち上がる。

一人暮らしも3年目ともなれば、さすがに多少は知恵がついてくるもので、すぐには返事をせずにまずは覗き穴から相手を確認することにした。
すると、向こう側からも切れ長の瞳のドアップがこちらを覗き返していた。

「ひぃっ…!」

「やはりご在宅でしたか。こんばんは、なまえさん」

ドアの外から聞こえた声に更に顔がひきつる。
あまりにも予想通りの人物で、嬉しいような怖いような恐ろしいような逃げたいような。

「良いワインと日本酒が手に入ったので、よろしければご一緒にと思いまして」

ドア越しに届く美声。
扉一枚隔てたほんの数十センチの距離とは言え、明瞭に聞きとれたそれに、やはりこんな壁の薄いアパートじゃなくて、ある程度プライバシーが保てるだけの厚い壁があるセキュリティもちゃんとしているマンションにするべきだったと今更ながらに激しく後悔した。
頑張って貯金して早く引っ越そう。

「いえ、お構いなく」「そう仰らずに」

「いえいえ、お構いなく」

「実は私はこう見えて気が長いほうではないもので、あまり焦らされるとうっかり激昂してメスでドアを切り裂いてしまうかもしれません」

「立ち話もなんですからどうぞ中へ」

私は鍵を外して中へ招き入れた。
毒ヘビとか猛獣を自分から招き入れてしまった気分だがどうしようもない。

「お邪魔します」

脅迫者は実に優雅な物腰で、開いたドアからするりと室内へ入ってきた。
片手でいつも被っている帽子を頭から取って持ち、もう片手には袋を提げている。
先ほどの台詞からして中身はワインと日本酒だろう。

運び屋は、私がさっきまで飲んでいたカクテル缶を見て少し微笑んだようだった。
横顔の口元にうっすらと浮かぶ笑み。
ドアスコープ越しに私の心臓を止めかけた切れ長の瞳が横目で私を流し見る。

「お一人で晩酌の最中でしたか」

「絶対分かってて来ましたよね」

クス…とひそやかに笑う、その笑い方が私は苦手だった。
と言うか、この男の存在自体が苦手だ。
怖くて、怖くて、出来るだけ距離を離そうとするのに、いつの間にかすぐ近くに立っている。そんな怖さを感じる。

「おつまみはないですよ」

「私が持って来ました」

さっさとクッションの上に腰を落ち着けた運び屋が、袋の中から個別包装の一口チーズや缶詰を取り出すのを見て、私はしぶしぶ彼の向かいに腰を下ろした。
明日が休みで良かった。今夜は長い戦いになりそうだ。

「貴女がどれくらいで酔い潰れるか……楽しみですよ。実に…ね」

私は全然楽しみじゃない。
白い手が注いでくれる酒のグラスを受け取りながら、初夏だというのに私の身体は少し震えていた。


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