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婚約者になったばかりだった貴婦人の葬儀に参列したその足で、シュナイゼルは極秘裏にエリア11に入国していた。
日々の過酷な政務の疲労など露ほども見せず、優雅にティーカップを傾ける彼の前には、この施設──通称『特派』と呼ばれる部隊の技術部主任が座っている。
どちらの男の顔にも、悲愴な色合いは見受けられない。

「お悔やみのメッセージは受け取ったよ。わざわざすまなかったね、ロイド」

「いえいえ〜。でもまさか、メッセージを送った数時間後にご本人がおいでになられるとは思っていませんでしたけれどねぇ」

ロイドの口調はあくまで軽い。
頭の堅いお偉方が聞いたら、顔を真っ赤にして何という無礼者だと憤慨していたことだろう。
しかし、対するシュナイゼルもまた特に気分を害した風でもなく、淹れたての紅茶を味わっていた。

「お相手のご遺族はさぞかしお怒りだったでしょう」

「そうでもないよ。婚約者の死を悼む時間も許されないほど宰相職とは多忙なのかと、かえって同情されたくらいだ」

「死因は事故、でしたか?」

「そう。事故だよ」

「最初のご婚約者も事故でお亡くなりでしたよねぇ?」

「ああ、そういえばそうだったね。彼女には本当に気の毒なことをした」

シュナイゼルがカップを置いたのを見計らったように、コンコン、と控え目なノックの音が響いた。

ロイドが「どうぞー」と呑気な声音で答える。
数秒して、ティーポットを持ったセシルがドアを開き、やや緊張した面持ちで入ってきた。

「お話中、申し訳ありません。お茶のお代わりをお持ちしました」

「有難う。大変美味しく頂いているよ」

「アハッ、良かったねぇ、セシル君。殿下に気に入られたみたいだよ〜」

軽口を叩く上司をキッと睨みつけると、セシルは一瞬だけシュナイゼルに気の毒そうな哀れみのこもった眼差しを向け、退室の挨拶もそこそこに直ぐに出て行ってしまった。
シュナイゼルの婚約者が亡くなったという話は彼女の耳にも届いているのだろう。
婚約者を失ったばかりの男に対する態度としては、セシルのそれは至極まっとうなものだと言える。
まるで気にした様子のないロイドのほうこそが、傍目に見ても不自然だった。
だが、ロイドのそうした態度には理由があった。
真相に気付いているからこそ、ロイドはシュナイゼルを気遣う必要はないと判断しているに過ぎない。
むしろ、哀れむべきは、何も知らないまま犠牲となった婚約者のほうだろう。



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