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「あっれぇ〜殿下ぁ?」

厨房の入口から暢気な声が上がり、今度はロイドが入ってきた。
いつもの白衣姿で、ふらふらとした足取りで歩いてくる。

「殿下もプリンの匂いに釣られた口ですか?」

「いや、どちらかというと、プリンを作る人間に釣られた口かな」

さらりと恐ろしい事を言ってのけたシュナイゼルに、ロイドは遠慮なく笑い声を上げる。
とてもじゃないが一緒に笑う気にはなれず、なまえはプリン作りに戻った。
作業に没頭してしまえば、今のこの形容しがたい異常な状況を忘れてしまえるかもしれないと思ったからである。

「うーん、いい匂いだ。美味しそうだねぇ〜」

ロイドはフンフンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎながら、うっとりした顔でなまえの横から手元を覗き込んだ。
なまえの手ごとプリンの容器を食べてしまいそうな勢いである。

「ロイド、それではなまえの邪魔になってしまうよ。こちらに座って待っていなさい」

シュナイゼルに窘められ、ロイドは「はーい」と残念そうに返事をすると、シュナイゼルの斜め横の椅子に腰を降ろした。
まるで、つまみ食いをしようとして叱られた子供のようにシュンとしているロイドを見て、なまえがクスリと笑う。

「もう少し待っていて下さいね、ロイドさん」

「うん」

厨房に漂う甘い香りに直ぐに機嫌を直したロイドは、メリーさんの羊を鼻歌で歌いだした。
同じ室内に帝国宰相がいるのを忘れているとしか思えない寛ぎぶりに、なまえの緊張も解け、プリン作りは急ピッチで進んでいく。

シュナイゼルは部下のリラックスぶりを気にするでもなく、テーブルの上で組んだ手に顎を乗せてなまえを見つめていたが、やがて静かに口を開いた。

「ロイド」

「はい?」

「ずっと疑問に思っていたんだが、どうしてなまえは保護した私ではなく君のほうに懐いているのかな」

「さあ〜? どうしてでしょうねぇ? 僕のほうが接する機会が多いからじゃないですか?」

殿下はお忙しいから、と続けたロイドに、シュナイゼルはしなやかな指を顎に当て、「ふむ」と考え込む素振りを見せた。

「そういえば、前にも似たような事があったな。覚えているかい? 怪我をしていた小鳥を拾った時の事を。あの時の小鳥も、見つけた私ではなく君によく懐いていた」

「あー、そんなこともありましたねえ。でも、結局逃げちゃったんでしたっけねぇ、確か」

「『逃げた』、ね……私の思い違いでなければ、お前はわざとあの小鳥を逃がしたんじゃないかと思うんだが」

「まっさかぁ〜! うっかり鳥籠を開けっ放しにしてたから逃げちゃったんですよ。事故です事故」

ヘラヘラと笑ってみせるロイドに、シュナイゼルはいかにも「仕方がないな」といった風に小さく溜め息をついた。

「まあいいさ、そういう事にしておこう。いずれにしても、あの逃げた小鳥は、もう二度と私のもとへは戻ってはこないのだからね」



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