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2月14日、バレンタイン。
朝食時の大広間には、いつも以上に飛び交う梟の羽音が響き渡っていた。

「見て! なまえ、貴女によ」

隣りにいたエマが、なまえに向かって飛んで来る梟を見て歓声を上げる。
学校の梟小屋の梟らしく、見覚えがある茶色の梟だ。
サーッと滑降しながら降りて来た梟は、脚に掴んでいた細長い箱をテーブルの上に置いた。
なまえは空の皿にミルクを入れて梟に差し出してやると、プレゼントの包みを開いてみた。
隣りのエマも興味津々といった様子で見守っている。
丁寧に包装されていた箱の中には、まだ朝露で濡れた一輪の薔薇が収められていた。
禍まがしい程に深く昏い真紅(あか)だった。

「素敵…凄くロマンティックじゃない?」

うっとりした表情で言うエマに曖昧に頷きながらなまえは同封されていたカードを開いた。
…無論、我が事のようにはしゃいでいる友人には中身が見えないように、こっそりと。
カードには期待していたような甘い言葉は一切無く、奇妙なメッセージが記されていた。


『必要の部屋で』


一応確認してみたが、やはり署名はない。
英国のバレンタインは、男女問わず無記名のカードで『密かに』想いを告げるのが倣いなのである。
うっかり署名などしてしまった日には、なんて恥知らずな人だろうと軽蔑されるばかりか、下手をすれば晒し者になってしまう。
あくまで、自分を想ってくれているのは誰だろう?と想像し、名もわからぬ求愛者に思いを馳せるのがバレンタインの醍醐味なのだ。
だからこのバレンタインカードに差出人の名が書かれていないのは当然と言えば当然だった。

「ねえ、なんて書いてあったの? 誰からなのか心当たりはある?」

「えっと……あー…、ごめん、エマ。私、ちょっと用事を思い出したから、先に行くわね」

好奇心を剥き出しにした友人に、根掘り葉掘り聞き始める前に、なまえはさっさと大広間を出た。
薔薇の送り主が誰であるのかは大体予想がついていたし、もしその通りの人物だとすれば、彼を待たせるのは得策ではないからだ。



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