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「ようこそいらっしゃいました。さあ、どうぞこちらへ」

ノックに応えて直ぐにドアが開き、若い女性職員が二人を出迎えてくれた。
モノクロのタイルが貼られた玄関ホールを横切って奥に向かう。
その途中、階段の脇にある広間らしい部屋から音楽が聞こえてきた。

「人形劇をやっているんです」

案内役の女性が説明した。
清潔なタイルの上を歩く靴音に被さって、子供の歓声が響いてくる。

「普段は殆ど娯楽らしい娯楽なんてありませんから、みんなとても喜んでいます。これもすべてリドルさんのお陰ですわ」

単なるお世辞ではない感謝の念のこもった言葉にも、リドルは胸を打たれた様子は見せなかった。
こんな時こそ、お得意の優等生の仮面をつけて愛想よくすればいいのにとなまえは思う。
ホグワーツ卒業後、魔法省に就職してからは、彼は自分の利益になる時にしかソレを発動しないのだ。

「リドルさん!」

応接間のドアを開こうとした時、背後から幼い声がかかった。
振り返った若い女性職員が、「まあ」と眉をひそめる。
そこには、灰色のチュニックを着た黒髪の少年が立っていた。
走って追いかけてきたのか、少年の頬はピンク色に染まり、少し息がきれている。
顔立ちも体型もまったく違うのに、なまえは子供の頃のリドルに似ていると感じた。

「あの…僕、どうしても貴方にお礼が言いたくて…」

少年を叱りつけようと口を開いた女性職員は、その言葉を聞いて口を閉じた。
どうしたものかとリドルに視線を向ける。

「有難うございました、リドルさん」

リドルを真っ直ぐ見上げてそう言うと、少年は意を決したように言葉を続けた。

「僕は、貴方みたいになりたい」

少年の瞳には純粋な憧れと、それとは少し性質の違うギラギラした輝きがあった。
その光はなまえもよく知っている。
ホグワーツにいた頃のリドルそっくりだ。
野望と呼ぶには生ぬるい、支配欲とでも呼ぶべき強い意思。
リドルは楽しげな笑みを浮かべて少年を見下ろし、「そうか」とだけ答えた。

「さあさあ、もう戻りなさい。リドルさんはお忙しいんですよ」

女性職員に追いたてられ、少年は元来た道を戻っていく。
応接間にリドルとなまえを通すと、彼女は申し訳なさそうに謝ってきた。

「すみません、あの子はちょっと変わり者で…あの子の周りではおかしな事ばかり起こるので、他の子供達からも怯えられているんです。ついこの前も──」

言いかけて、はっとした顔で口をつぐむ。

「こ、こちらでお待ち下さい。直ぐに院長を呼んできます」

余計な事を言ってしまったと顔を赤らめ、女性職員は慌ただしく出て行った。

「あの子、まるで昔のトムみたい」

二人きりになると、なまえはリドルを見てくすくす笑った。

「目がそっくりだったし、いじめっ子なところとか」

「そうでもない。決定的な違いがあるだろう」

「え、どこ?」

首を傾げるなまえの肩を抱き寄せて、リドルが甘く耳元へ囁きかける。

「僕にはお前がいる」

リドルはそのまま笑みを刻んだ唇をなまえの首筋に押しあてた。
愛情と感謝をこめて。

風でガタついた窓の外から、澄んだ歌声が聞こえてくる。
それは、冷たく凍えた雪降る街に響く、優しくあたたかな讃美歌だった。



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