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金曜日の早朝。
いつもより早く目覚めた私は家から徒歩五分のコンビニにパンを買いに来ていた。
出来れば肉まんもあるといいなと思いながらプッシュボタンを押し、自動ドアを開けて店内に入ると、レジで男性客が店員さんと何やら揉めているようだった。

「すみません、このお札は使えません」

「では、カードで」

男性客が財布からカードを取り出して店員さんに渡す。
店員さんはそれをカードリーダーに通そうとしたがエラー音が鳴ってしまって読み取れない。

「申し訳ありません。このカードは読み取れないみたいです」

「…そうですか」

こうなることを予期していたのだろう。
男性客の声には諦念が滲んでいた。

「零くん!」

名前を呼んで駆け寄ると彼は驚いたような顔をしたが、私は構わずポケットから財布を取り出して一万円札をずいと店員さんに差し出した。

「遅くなってごめんね。すみません、これでお会計お願いします。あと、肉まん二つ追加で!」

『零くん』は賢明にも口を挟まなかった。
私の意図に気付いてくれたらしい。

「他に買うものはない?」

「あ、いや」

「遠慮しなくていいよ?」

「じゃあ、この辺りの地図があればそれを」

店員さんが教えてくれたラックから折り畳まれた地図を取り、カウンターに置く。

「ごめん、零くん、パンの棚から食パン取ってきてもらえる?」

パンを取りに行った『零くん』を見て、店員さんがようやく安堵した表情になった。

「苗字さんのお知り合いだったんですね。すみません、私、不審者だと勘違いしちゃって失礼なことを」

「こちらこそすみません。びっくりさせちゃって」

「やっぱり外国の方なんです?」

「ハーフなんですよ。イケメンでしょ」

「確かに」

食パンを持って戻って来た『零くん』を見て店員さんはほんのり頬を染めた。
まあ、不審者じゃないとわかったらそうなるよね。

「ありがとうございました」

お会計を済ませた私は『零くん』としばらく一緒に歩き、コンビニが見えなくなったところでほっと息をついた。

「すみません、お芝居に付き合わせて」

「いえ、助かりました。どうしたものかと悩んでいたところだったので」

男性に地図と彼が買おうとしていたものをビニール袋ごと渡す。私の分はエコバッグに入っているので問題ない。

「でも、どうして僕を助けてくれたんですか?どう見ても怪しい人間だったでしょう」

「知り合いに似ていたからです」

まさかね、と思いながら続ける。

「あ、もしかしてご存知ですか?名探偵コナンの降谷零くんのこと。ファンなんですよね、私」

「えっ」

「えっ?」


そっくりさんかと思ったらまさかの御本人だった。

「信じられない……いや、有り得ないことでも最後に残ったものが真実というわけか」

パソコンの画面を見据えながら零くんが呟く。
彼は自分に関するあらゆる事柄、人名や地名などを検索したところだった。
私から説明するよりも自分で検索して状況を把握してもらうほうが確実だと思って、私のマンションに来て貰ってパソコンを貸したのである。

零くんにはスマホを見せて貰った。
個人情報の塊なので、とりあえず圏外であることと、アドレス帳にあった風見さんの連絡先だけ確認させて頂いた。

ふう、と息をついて片手で髪をかき上げる仕草がもう美しい。
憂いを帯びた横顔と、頬に影を落とす長い金色の睫毛が美しい。

「色々考えなければならないことはあると思いますが、とりあえず朝ごはんを食べませんか?」

「そうですね。すみません、お待たせしてしまって。もしかしなくてもコンビニには朝食のパンを買いに来られたんですよね」

さすが零くん。素晴らしい洞察力である。

「食パンと…ハムとレタスがあれば、よろしければハムサンドを作って差し上げられるのですが」

「是非お願いします!」

いささか食い気味に答えると、零くんはそのスカイブルーの瞳を丸くして、それからちょっとだけ笑ってくれた。

「その様子だと、僕のハムサンドのこともご存知みたいですね」

「もちろんです」

「では、キッチンお借りしますね」

やっぱり零くんは強い人だ。
こんなわけのわからない状況でも冷静に自分がすべきことを判断出来る、賢くて強い人だ。
私はちょっぴり涙ぐみながら、ハムサンドを作り始めた零くんの後ろ姿を見守った。


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