両親が亡くなった。

表向きは事故という扱いになっているが、本当は妖怪に殺されたのだ。
真実を知っているのは全てを目撃したなまえだけだった。


「可哀想に…」

「他に身寄りもないんですって…」


弔問客からの哀れみの眼差しにじっと耐えながら、なまえは通夜と葬儀を行った。
生前からよくしてくれていた父母の数少ない友人には心から感謝した。
でも、これからは誰かに頼るわけにはいかない。
一人きりで秘密を抱えて生きていかなければならないのだ。


なまえの両親は人間ではなく妖怪だった。
そして、なまえ自身も。
ただし父方の祖母が人間だったので、四分の一は人間の血が流れているから、いわゆるクォーターだ。

両親は自分達が妖怪であることを隠し、日本各地を転々と渡り歩きながら人間の世界で生きてきた。
それはなまえのためを思っての行動だったのだと今なら分かる。
確かに寿命は人間よりも長いし、祖父からは神通力を、祖母からは治癒能力を受け継いでいるけれども、その他の点ではなまえは人間と殆ど変わらない。
もしも他の妖怪に命を狙われるような事態になれば、身を守る事も出来ないほど非力な存在だ。
だから、衰退しつつある妖怪の世界で小競り合いに巻き込まれるよりは、人間として人間の世界に紛れ込んで生きるほうが安全だと判断したのだろう。
娘を想う親心だったのだ。

そして、その心配は現実のものとなって両親に襲いかかった。

幸い、凄い大金というほどではないがそれなりの額の遺産を遺してくれていたので、高校を卒業して大学に通うくらいまでは何とかなりそうだ。
今もアルバイトはしているし、すぐに生活に貧窮する事はないだろうが、出来れば大学を出て就職するまではあまりお金をかけないようにしたい。
良い成績を取って良い就職先を見つけて、後は頑張って生きていくだけだ。

そう、一人で。

なまえにはもう頼れる親も身内もおらず、これから先は妖怪である事を隠して一人きりで生きていかなければならない。
何か困った事が起こっても誰にも相談出来ない。
そう考えるとこれまで必死で堪えていた涙が溢れそうになってくる。


「失礼するよ」


葬儀を終え、両親の遺影の前で不安に押し潰されそうになりながらも一人で生きていく決意を固めようとしていたなまえの耳に、聞き慣れない男の声が届いた。
驚いて振り返ると、いつの間に入って来たのか、制服姿の少年がすぐ近くに立っていた。

「あ、の…?」

「泣いていたのかい?」

少年は淡く微笑み、優雅でしなやかな動きでなまえの前に片膝をついた。
白くて長い指がなまえの瞳の縁に溜まっていた涙を拭い取る。

黒髪が映える白い肌。
整った顔立ちに浮かぶ優しそうな笑み。
でも、その切れ長の瞳はゾッとするほど鋭く、内に激しい感情を秘めているのが見てとれる。

「迎えに来たよ、なまえ」


少年は玉章と名乗った。


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