「半兵衛様」 部屋の前の廊下に座し、三成は障子越しに静かに声をかけた。 「お寛ぎのところ申し訳ありません。よろしいでしょうか」 「構わないよ、入りたまえ」 「は、失礼致します」 障子を開いた三成は、目にした光景に内心激しく動揺したが、何とか面には出さずに済んだ。 軍師が身に纏っているのは、見慣れた白い戦装束ではなく、小袖と袴。 片膝を立てて座っている彼は、その膝に彼の妻女である天音の背を凭せかけるようにして腕に抱き、もう片方の手で兵法書を開いていた。 どうやら奥方は午睡の最中らしく、身体に半兵衛の綿入れ半纏を掛けられ、少女のようにあどけない寝顔を晒して眠っていた。 「すまないね、こんな格好で」 「いえ……」 兵法書を文机に置いた半兵衛に、いつも通りの平静な声音で用向きは何かと尋ねられた三成は、胸に沸き上がる困惑と動揺を押し殺して、半兵衛へと伝えるべき事柄を伝えた。 それに対して、打てば響くような速さで半兵衛が的確な指示を与える。 その間も、彼の腕の中で眠る天音は目を覚ますことはなかった。 本当にぐっすり眠っている。 その身体に掛けられた半兵衛の半纏が、呼吸に合わせて小さく上下するのみだ。 見てはいけないものを見てしまった後ろめたさを感じながら、用件を伝え終えた三成は退室した。 「さすがに少し目の毒だったかな」 閉じられた障子に目をやって半兵衛が苦笑する。 三成は天音と出逢う前の半兵衛以上に異性や色事への興味が乏しい。 不器用だが生真面目な性格と、何よりも秀吉に対するその忠義の厚さから、何かと目にかけている半兵衛としてはいっそ心配になるくらいだった。 「彼にも良い女性が現れると良いんだが……まさか、異世界の未来に嫁取りに行けと言うわけにもいかないしね」 小さく笑って天音の顎から頬にかけてをするりと撫でるように手の平で包み込むと、そのぬくもりにすり寄るかの如く、彼女も半兵衛の手に頬を寄せた。 身じろいだ拍子に天音の長い髪が肩の上を滑り落ちる。 半兵衛は、自分のそれとは色も髪質も違うその髪を優しく指で梳き流してやった。 |