ある日、いつものように茶屋で働いていた天音の元に、一人の男が現れた。

人目を忍ぶように深編み笠を被っているため、顔は見えない。
僅かに口元が伺えるのみだ。
背は高いが、身体の線は細く、一見すると優男に見えるものの、どことなく油断のならない雰囲気を纏った男だった。

「茶を一杯頂けるかな」

僅かに疲労を滲ませながらも、艶さえ感じられる美声で男は茶を所望した。

「かしこまりました。お団子をご一緒にいかがですか?」

天音はすかさずサイドメニューを勧めた。
こうしたマニュアルは現代のファストフード店も戦国の茶屋も変わらない。
商魂逞しい女将から仕込まれていた営業トークを、天音は相手の身体を気遣うように柔らかい声で続ける。

「この辺りはお水が綺麗なので、その湧き水で作るお団子も美味しいと評判なんです。お腹にもたれることもないですし、長旅に疲れたお身体にもさっぱりしていて美味しいですよ」

「…そうだね。いただこう」

男は少し考える素振りをみせた後、そう告げた。

「その代わり、少し話し相手になってくれないか。この辺りはまだ不慣れでね。色々聞かせてくれると助かるんだが」

「はい、私でよろしければ」

ちょっと待っていて下さい、と断ってから、天音はいったん店の中へと戻った。
丁度竃の前にいた女将をつかまえて事情を説明する。
天音の話を聞いた女将は怪訝そうな顔をしたが、暖簾の隙間から外を覗いて座っている男の姿を確認すると、なるほどそういうことかと笑顔になった。
「うまくおやりよ」とバシリと背中を叩かれて送り出される。


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