バレンタインの少し前から、天音は義理の兄である半兵衛のマンションで彼と共に暮らしている。

天音が家を出たことで夫婦二人きりとなった両親は、今や第二の新婚生活を満喫しているらしい。
互いに子供連れでの再婚だったため、これまでは気を遣ったり苦労することも多かったはずだ。
だから天音としては両親のそんな仲の良さはむしろ喜ばしい事として捉えていた。

そうして新婚生活を満喫中の両親の代わりを務めるかの如く、高校の卒業式には兄の半兵衛が来てくれたのだが、その時はお陰でちょっとした騒ぎになったりもした。
何しろ目立つのだ、彼は。

勿論、これが初めてではない。
学園祭などの行事ごとに度々起こっていたことである。
年上の美貌の男性を見て色めきたった女子達からの「お兄さんを紹介して!」攻撃の集中砲火を浴びせられた天音は、友人知人とのお別れもそこそこに、半兵衛を連れてさっさと逃亡せざるを得なかった。

「逃避行みたいだね」

天音に手を引かれて走りながら、半兵衛は楽しそうに笑っていた。
この人は大概大物だと思う。

計算高いというのとは少し違う気もするが、とにかく半兵衛は頭がいい。
仕事上でも遥か先を見越して対策を立て、しかもそれがことごとく当たる事から、ライバル企業からは「豊臣の天才軍師」として恐れられているのだとか。
いかにもな話である。

ただ、一緒に暮らしはじめて、この兄が少々世間の感覚からズレている部分がある事も分かってきた。


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