もうこれ以上黙っている事は出来ないと覚悟を決めたのは、竹中半兵衛が光秀のもとを訪れた日のことだ。 彼は光秀に織田信長への謀反をそそのかしてきたのである。 勿論、権力などにつられる光秀ではない。 最高の舞台で、誰にも邪魔されずに最高の“ご馳走”を食べられる。 そういう方向から口説いてきた半兵衛を、なまえは心底恐ろしいと感じた。 彼は光秀の性質を知り尽くした上で、どうすれば彼を動かせるのか心得ているのだ。 また、彼が自分にも興味を持ったらしいという事実にも恐怖を感じた。 何を持って利用価値があると判断されたのか解らないからこそ、余計に。 「そんなことまで記録されているのですか」 本能寺での事件について語ったなまえに、光秀は意外にも穏やかな表情で答えた。 そうして、愉悦を滲ませた笑みを浮かべる。 「ああ…そうなった時のことを思うと今から胸が踊りますよ」 「やっぱり戦うんですか」 「それが“史実”なのではないですか?」 光秀は皮肉げに笑ってみせた。 「私が死ねばこの城も落ちる。そうなれば、貴女もいずれは誰かの手に渡るかもしれない」 光秀は表情を改めて静かな声音で続けた。 「誰かが好奇心から味見しにこないとも限りませんからね。絶対安全な場所など存在しない以上、貴女は私の近くにいるほうが安全でしょう。離れず、しっかりついて来なさい」 「はい…光秀さん」 この男なりの心遣いなのだと分かって、なまえは心の中で頭を下げた。 死ぬかもしれない。 でも、きっとその時は光秀と一緒だ。 怖いけれど、一人ぼっちでこの世界に残される事を思えば、遥かにましな最後に思えた。 |