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「あれからずっとボクを避けてるよね」

今までとは声の調子が違う言葉に、思わず入江さんのほうを見た。

「…本当に、ごめん」

彼は悲痛な表情で私を見ていた。
まるで傷ついているみたいに。
傷ついたのは私のほうなのに。

「ボクは、キミや皆が思っているような出来た人間じゃない。本当に大切なものが何か、失いかけて初めて気付くような馬鹿だ。傍にいるのが当たり前だから、これから先もずっとそうなんだと信じて疑いもしなかった。妹みたいな存在だと、ずっとそう思ってた……馬鹿だよね、本当に」

「入江さん、」

「今からでも信頼を取り戻せないかな?」

「……」

「もう二度とキミを傷つけるようなことはしないって約束する。これからはキミが安心して甘えられる男になる。……だから、ボクから逃げないでほしい」

何か答えなければ、と口を開いて、でも言葉が出て来なかった。
彼が私に求めているのは単純な事だ。
でも、私は自分がそう出来るのか全く分からない。
完全に頭が混乱していた。

「なまえさん」

不意に建物の陰から若くんが現れて私を呼んだ。

「話し中にすみません」

彼は抑揚のない声で入江さんに謝罪した。
まるで激情を抑え込んでいるみたいに不自然なまでに冷静な声で。

「跡部さんが呼んでます」

「…分かった、すぐ行くよ」

入江さんが背を向けて去っていく。
その姿が完全に見えなくなってから、私はその場に崩れ落ちるようにしてしゃがみこんだ。
まだ若くんがいるのは分かっていたけれど、もう耐えられなかった。


元カノの子と別れてから本当の気持ちに気が付いた。
文字にすれば単純明快で簡単なその事実がどうしても受け入れない。

どうして
どうして

そんな言葉がずっと頭の中を巡り続けていた。

今好きになるのなら、どうしてもっと早く好きになってくれなかったの

あんな苦しい思いをする前に好きになってくれていたら、きっと幸せなまま、あたたかい想いだけをずっと捧げる事が出来たのに

私にとって恋はただ甘くて優しいだけのものではなくなってしまっていた。

「なまえさん…」

しゃがみこんでしまった私に若くんが腕を回して抱きしめてくれる。

許したい
許せない
嬉しい
でも憎い

“好き”と同じだけの“嫌い”がまだ身体の中で渦巻いている。

私の胸の奥にはぽっかり大きな穴が空いていて、それはこの先どれだけ大切にされても愛されても、きっと一生埋まることはないだろう。
穴の奥に見える真っ暗な奈落の底には、降り積もって澱み溜まったどろどろした感情が渦巻いている。
時々それが表に出てきて私を苦しめるのだ。
この先も、ずっと一生。
忘れることを許してくれない。

それはもう一生埋まる事はない、死ぬまで抱えていかなければならない心の闇だ。


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