いつまでも悩んでいても仕方ない。 私はすぐに気持ちを切り替えて自分の仕事に打ち込んだ。 跡部くんが私をこの合宿に連れて来たのは単純に私がマネージャーの中で一番仕事が出来るからだ。 跡部くんの信頼を裏切るわけにはいかない。 しかし、そんな私の努力を知ってか知らずか、入江さんは事あるごとに気さくに話しかけてきた。 「小さい頃のキミも可愛かったけど、今はもっと可愛くなったし、とても綺麗になったね」 球出しの後で辺りに散らばったボールを拾って片付けている私に、同じようにボールを拾いながら入江さんが呟く。 油断すると「なーんてね」が来るのだ。 それが分かっていて全ての言動を鵜呑みになんて出来ない。 私が黙っていると、どちらかと言えば童顔と言える端正な顔に柔らかい苦笑が浮かんだ。 「本気で言ってるんだよ」 ──嘘つき。 私は返事はせずに心の中だけで呟いた。 この人の言葉を本気にして痛い目を見なかったことがない。 「可愛いね」というのは小さい頃もよく言われていた。 優しくて素敵な年上のお兄さんにそんな風に言われて舞い上がらないわけがなく、彼にそう言われるたびに、自分が本当にとても可愛い女の子になったように感じていたものだ。 もちろん、実際にはそんなはずもなく、間もなく現実に打ちのめされるはめになったが。 極めつけは、「大きくなったらボクのお嫁さんになる?」と言われて、完全にそのつもりになっていたことだ。 今思うと、恥ずかしくて死にたくなる。 この人は高校生になってからバイト先で知り合った女の子が初恋の相手だそうだから、彼にとって私は『子供頃遊んであげた近所の女の子』でしかなかったということだ。 入江さんが初恋の女の子と付き合い始めたと聞いた瞬間、それまで私のなかで少しずつ育ってきていたぽかぽかとした温かな感情は、まるで瞬間冷却されたみたいに凍りついてしまった。 その時初めて分かった。 自分と彼の『好き』が違う種類のものだということに。 自覚すると同時に初恋が終わった瞬間だった。 男女が二人きりで出掛けて一緒に買い物したりご飯食べたり手を繋いで歩いたりするのは私の中ではデートという認識だったのだが、どうやらそれも勘違いだったようだ。 たぶん入江さんにとっては妹と出掛けるのと同じ感覚だったのだろう。 手を繋いだのは迷子にならないようにするためであって、深い意味はなく、妹分をお兄ちゃんとして面倒を見ていた感じだったのかもしれない。 悲しいというよりも、それまでの自分の勘違いっぷりがあまりにも惨めで情けなくて仕方なかった。 |