「先生、やっぱり私には無理です」 「大丈夫だって。ただ僕の隣に座ってにこにこしてるだけでいいからさ」 青ざめる私に、いつものように軽い口調で言って、先生は私の頭を優しく撫でてくれた。 それで緊張しきった身体からほわっと余計な力が抜けるのだから、先生は本当に凄い人だ。さすが自他ともに認める『最強』だけある。 「あと、先生じゃなくて、今日は『悟さん』ね」 五条先生……じゃなくて、悟さんは、今日はお正月に相応しく紋付き袴姿だった。 着慣れているからか、ビシッと様になっている。白髪に碧眼で白い肌という異国風の容貌なのに、こんなにも和装が似合うなんて凄い。 私も振袖を着せられている。着付けをしてくれたお世話係の人は小紋を着せようとしてくれていたのだが、悟さんの指示で振袖を着せられることになったのだった。 初詣に行く時だって、こんなちゃんとした振袖を着せて貰ったことはない。 全てはこれから始まる五条家当主としての新年の挨拶という名の行事のためだった。 そう思うと、改めて自分の身なりが気になった。 「さ、悟さん、私どこかおかしくないですか?」 「なんで?凄く可愛いよ?今すぐにでも食べちゃいたいくらい可愛いから安心しなよ」 それは安心していいのだろうか。また別の意味で危ない気がする。主に、貞操の危機的な意味で。 「じゃあ、行こうか」 そう言って部屋を出た悟さんについて廊下を歩いて行き、大広間のような場所へ入り、上座に座った悟さんの隣にちんまりと座る。 それから先はもう別世界の出来事のようだった。 次々と訪れては恭しく新年の挨拶をしていく訪問客に、五条家の当主として堂々たる態度でそれを受け入れる悟さん。 そして、そんな悟さんの隣で、ただひたすらお人形さんのように笑顔で会釈を返すことしか出来ない私。 たったそれだけかと思われるかもしれないが、終わった途端どっと疲れが押し寄せてきて危うくその場に倒れ込んでしまうところだった。 「よしよし、良く頑張ったね。いい子だ」 悟さんに抱き上げられた私は、力が抜けきってぐんにゃりしていた。 お姫様のように抱き上げられたときめきよりも疲労のほうが勝っている。 「後のことは任せたよ」 「承知致しました、悟様」 頭を下げる使用人の人達の前を、悟さんは私を抱きかかえたまま歩いて行った。 そうして、来た時とは別の立派な和室に通される。 「ここ……は?」 「僕の部屋だよ。疲れたでしょ、はい、お茶」 「ありがとうございます」 悟さんが渡してくれたお茶を飲み、ほうっと息をつく。 どうして部屋の真ん中に大判の布団がどーんと敷かれているのかは考えないことにした。 「どうだった?」 「悟さんの苦労がわかった気がします」 「だよね。そのかわいそうな僕のお願い聞いてくれる?」 聞かなくてもわかった気がしたけど、私は「何ですか?」と一応聞き返した。 「やるでしょ、姫始め」 にっこり笑った悟さんが、待っていましたとばかりに私の帯紐に手をかける。 「ま、待って……!」 「いいけど、何秒?」 悟さん、いや、五条先生が可愛らしく小首を傾げてみせる。 そんなあざとい仕草も様になってしまうのだから、美形は得だとつくづく思う。 そして、そんな先生にほだされてしまう私も我ながらどうしようもない。 「人払いはしてあるから安心していいよ」 うきうきした様子で教え子の帯を解く五条先生、完全にアウトです。 |