断末魔にも似た叫び声をあげた呪いはぐにゃりとその形を崩し、吸い取られるように傑くんの手の平でシュルシュルと収縮して黒い玉となった。
それを傑くんがさりげない動作でコートのポケットにしまう。

「お疲れさま。さあ、帰ろう」

呪術師の繁忙期は夏だが、クリスマスや年末年始などにも呪いは発生しやすい。
人々が集まれば、そこには自然と負の感情も溜まりやすくなるからだ。
というわけで、大晦日の今日も私達は任務のために神社仏閣を訪れていた。
私が帳を下ろし、傑くんが呪いを呪霊玉にして終わり。簡単なようだが、寒波のせいで氷点下にまで下がった気温の中での任務は確実に体温を奪われていく。
補助監督さんが待つ車に戻る頃には身体はすっかり冷えきっていた。

「温かいお蕎麦が食べたいね」

「年越し蕎麦か。いいね」

「傑くんはやっぱりざる蕎麦?」

「そうだな。身体は温まらないけど、ざるのほうがいいな」

そんな会話をしながら、傑くんはてきぱきと報告書を書き上げていく。デキる男な私の彼氏はカッコいい。
何か補足したいことはあるかと尋ねられたので、傑くんが書き上げた報告書にさっと目を通す。補足の必要なんてない完璧な仕上がりだった。さすが傑くん。

「あっ、日付が変わった」

「明けましておめでとう。なまえ」

「明けましておめでとう、傑くん」

「今年もよろしく」

「こちらこそよろしくお願いします」

高専に着くと、私達は報告書を夜蛾先生に提出して寮に戻った。

部屋に入り、浴室でシャワーを浴びてから部屋着に着替える。
さっぱりしたところで布団に入って温まろうとして、ふと傑くんがポケットにしまった呪霊玉のことが気になった。

もしかしたら、と思いながら上着を羽織り、急いで外に出た。
高専の敷地は都心から離れた場所にあるため、辺りはとても静かだ。
凍えるような静寂の中を歩いて行くと、やはり自販機のコーナーに傑くんの姿があった。
ちょうど呪霊玉を飲み込もうとしていた傑くんは、私を見て一瞬動きを止めたが、止めるのも不自然だと思ったのかそのまま玉を飲み込んだ。

「見られてしまったね」

傑くんが苦笑する。

「あまり見て楽しいものじゃないだろう」

「苦しそうだなとは思うけど、傑くんが頑張った証拠だから」

「君は優しいね」

自販機でブラックコーヒーを買って差し出した私に、傑くんは瞳を細めた。眩しいものでも見るみたいに。

「君は変わらないな……幼い頃から、君の存在が私の支えだった。君を守るために私のこの力はあるのだと思っているよ」

「傑くんも変わらないよ。優しい傑くんのままだよ」

「本当にそうならいいけどね」

瞳を伏せた傑くんは、苦いものを飲み下すようにブラックコーヒーを呷った。
喉仏が動く様、ふう、と息をつく様子が色っぽいと思ってしまったのは、傑くんのそんな姿を知っているからだ。行為の後のベッドの上で。

「いまから君の部屋に行ってもいいかな」

そんな私の考えを見透かしたように傑くんが言った。

「今日のは特別不味かったから、コーヒーよりも甘くて美味しいもので口直しがしたいんだ」

「お、美味しい、かなあ?」

「私にとっては一番のご馳走だよ」

コーヒーの缶をゴミ箱に捨てた傑くんが私の手を取る。
その手を振り払えるほど残酷にはなれなかった。



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