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炎柱、煉獄杏寿郎による稽古は厳しい。
基礎体力をつけるための早朝の走り込みに始まり、基本的な型を教わったら、あとはひたすらに打ち込み台が壊れるほどの打ち込み稽古。
休憩を挟み、午後は煉獄自らによる手合わせ。これがまたきつい。
木刀を使うのだが、終わる頃にはほぼ手が痺れて感覚が無くなっていて、腕を上げることすら困難になってしまっているのが常だった。

それが毎日のように続くものだから、あまりの過酷さに、逃げ出してしまう者も多い。

その面倒見の良さや人柄から、煉獄を慕う隊士は数知れず。
継子に志願する者も多かったが、皆長続きはしなかった。
彼の厳しい教えに耐え抜き、独自の呼吸を開発して見事柱にまで上り詰めた甘露寺のことを、なまえは心から尊敬している。

「う……」

手のマメが潰れて水が出たせいで、手から木刀が滑り落ちてしまった。
それでなくとも長時間に渡って木刀を握り続けていたために、殆ど手の感覚が無くなっていたから、木刀が握れなくなるのは時間の問題だっただろう。
煉獄が構えていた木刀を静かに降ろす。

「大丈夫か?」

「はい、問題ありません」

「今日はここまでにしておこう」

煉獄はなまえが落とした木刀を拾い上げ、自分のものと一緒に縁側に置いた。
なまえに向かって手を差し出す。

「おいで。手を洗ってあげよう」

「い、いえ、自分で……」

「その手では井戸水を汲み上げられないだろう」

煉獄はなまえの手を引いて井戸まで連れて行くと、自ら水を汲み上げてなまえの手の平にかけてやった。
歯を食い縛って痛みに耐えるなまえの様子を見て、凛々しい眉を心配そうに下げる。

「痛むか?胡蝶に貰った薬がまだあったはずだ。後で塗ってやろう」

「い、いえ、自分で……」

「いいから甘えてくれ。君につらい思いをさせるのは俺の本意ではない」

なまえはきゅっと唇を噛んだ。
煉獄は本当はなまえに鬼殺隊を辞めさせたいと思っているのではないかと、ここしばらく胸の奥で渦巻いている疑念がまたしても頭をよぎる。
その考えのせいか、身体が限界を迎えているせいか、頭が痛い。
誰かが頭の中でガンガンと鐘を打ち鳴らしているようだ。

やはり、自分は甘露寺には敵わないのか。
彼女のような優秀な継子足り得ないのか。

「兄上、湯の用意が出来ました」

「うむ、すまないな千寿郎!」

煉獄兄弟の声がやけに遠くから聞こえる。
なまえは気が遠くなりそうになるのを必死に堪えた。
ここで気絶などしようものなら、目も当てられない。本当に煉獄の継子失格だ。

「なまえ、先に風呂に入りなさい」

煉獄がなまえの肩をやんわりと掴む。
いまにも倒れそうになっている彼女を気遣うように。

「一人で大丈夫か?」

「はい、大丈夫です師範」

なまえはハキハキと答えた。
よろめかないように、しっかり足を踏ん張る。

「申し訳ありません。お先に失礼します」

「気にするな!ゆっくり湯船に浸かって疲れを癒してくるといい!」

「はい、ありがとうございます」

煉獄に一礼して、なまえは母屋に向かって歩き出した。

手がズキズキと痛む。
それ以上に胸が痛かった。

いつまで経っても姉弟子に追い付けない。
優しい煉獄に気を遣わせてばかりで情けない気持ちでいっぱいだった。


「いたた……」

風呂に入るのは予想通り大変だった。

髪を洗うのに、洗い粉が手の平の傷にしみるし、身体中がガタガタになっていたため、身体を洗うのも一苦労だ。

それでもなんとか洗い終えて湯に浸かる。
思わず、ほうと息が漏れた。

湯から上がり、身体の水分を拭き取って浴衣に着替える。

食事を済ませて部屋に戻ったなまえは、布団の上に倒れ込んだ。
軟弱な自分の身体が恨めしい。

「なまえ、起きているか?」

ガバッと起き上がる。

「はい、師範」

さらりと障子を開けて煉獄が入って来た。

「これを。胡蝶の薬だ!」

「ありがとうございます」

「本当に包帯を巻かなくても大丈夫なのか?」

それは夕食の席で散々確認されたことだった。

「大丈夫です。胡蝶様の薬は良く効きますから」

心配そうな煉獄に、なまえは微笑んで薬を掲げてみせた。

「そうだな!どれ、俺が塗ってやろう!」

「い、いえ、自分で……」

「遠慮はいらない!俺にやらせてくれ」

「わ……わかりました。お願いします」

根負けして手の平を差し出す。
痛々しいそこに、煉獄はそれはそれは優しく薬を塗り込んでいった。

「他に傷はないか?」

「はい、大丈夫です」

「ならばいいが、くれぐれも大事にしてくれ。女人の身体に傷痕を残したとあっては、後悔してもしきれないからな!」

「師範……」

「夜分にすまなかった。ゆっくり休みなさい」

「はい。ありがとうございます」

「うむ。おやすみ、なまえ」

「おやすみなさい、師範」

煉獄が出て行ったのを確認して溜め息をつく。

あまり気は進まないが仕方ない。

なまえは傷のある手の平の上にもう片方の手を重ねた。
そのまましばらく手を押さえて、そっと手を離す。

そこにあったずの傷痕は、綺麗さっぱり消え失せていた。


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