“この門をくぐる者は
一切の希望を捨てよ”


ダンテの『神曲』に出てくる地獄の門の碑文がこの部屋の入口に刻まれていないのが不思議でならなかった。
少なくとも、今まさに室内へと足を踏み入れようとしている真奈にとってはこの先が地獄であることは間違いない。
ここはミルフィオーレ・ファミリーの本部タワー、パフィオペディラム。
その最上階には白い悪魔が住んでいる。



「やあ、真奈チャン」

悲愴な覚悟を胸にやって来た真奈をにこやかな笑顔で出迎えた男。
モデルもかくやという端麗な容姿といい、スタイルの良さといい、とてもそうは見えないがこの男こそがミルフィオーレファミリーのボス、白蘭だった。

「初めましての挨拶は必要ないよね。僕は君を知っているし、君も僕を知っているみたいだから」

おちゃらけた口調や雰囲気とは裏腹に、白蘭の目は自分の巣穴に連れてこられた獲物の姿を舐めるように真奈を検分している。
そして満足がいったのか、彼はにっこりと微笑んだ。

「うん、よく似合ってる。凄く可愛いよ。やっぱり美人だね、真奈チャンは」

真奈は白蘭からの贈り物だというドレスを身につけていた。
この建物へ連れて来られた時に白蘭の部下によって着替えさせられた物だ。

「マシマロ食べる?」

マシュマロが入った袋を白蘭が差し出す。
真奈は首を横に振って断った。

敵の本拠地だというのに、自分でも驚くほど落ち着いている。
覚悟ならとっくの昔に出来ていた。
そうでなければ、いくら人質との交換条件だったからと言って、安全に匿われていた場所からノコノコ出て来るような真似はしない。

もちろん、簡単に思い通りにされるつもりもなかった。
悪足掻きだっていい。最後まで諦めずに抵抗してやると心に決めていた。
最悪この部屋で白蘭と自分との間に何かあったとしても、それによって被害を受けるのは自分自身だけで、他への影響はないはずだ。
ミルフィオーレの襲撃から逃げ延びて潜伏しているヴァリアーや守護者達には被害は及ばないはずである。

弟の綱吉は既にありとあらゆる手を尽くしてこれから起こる事態に備えていたし、白蘭の驚異に対抗しているのは彼と真奈だけではない。
目の前にいるこの男でさえ想像もつかない味方がいるのだ。
彼の協力さえあれば、きっと上手くいく。

もう少しの辛抱だ。

必ず未来は変わる。

必ず。


「今、何を考えているか当ててあげようか」

突然白蘭が笑ってそう告げた。
柔らかい感触を楽しむようにマシュマロを指でふにふにと摘まみながら。

「君の弟の沢田綱吉君。10年前の彼がこの世界へやってきて未来を変えてくれるはずだ──そう考えてるんだろ?残念だけど、叶わないよ、それ」

「…どういう意味ですか?」

「そのままの意味だよ。彼はどうしたって僕には勝てない」

白蘭は指で弄んでいたマシュマロをポイと自らの口へと放り込んだ。



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