夕闇に沈みゆくイタリアの街を走り抜けていくリムジンが一台。
その後部座席には二人の若い男女が肩を並べて座っていた。

「何か飲みますか。少しは落ち着くかもしれませんよ」

真奈はふるふると首を横に振って骸の提案を辞退した。
ボンゴレのファミリー専用のこのリムジンの後部座席にカクテルキャビネットが備え付けられている事は知っている。
中には冷えたドリンクが数種類用意されているが、いずれもアルコールだ。
気分が悪くなったり空港に着いた時に酔っていたりしたら目もあてられない。

「冷たいお水があると良かったんだけど……」

「では、着いたら直ぐに用意させましょう。ミネラルウォーターが良いのですね?」

こくんと頷く。
ジュースとか紅茶とかよりも、今はただ無味無臭の水が飲みたかった。
俯き、自分の膝の上に揃えて乗せた手を見つめていた真奈の耳に艶めいた低い笑い声が届く。

「ここには君と僕しかいない。緊張する必要はありません」

「うん…」

何度乗っても居心地が悪い。
こんな高級車に乗せて貰っておいてその感想はないだろうと批難されそうだが、どうにも落ち着かないのだ。
胸が苦しくなって息が詰まりそうになる。
隣に座る男はそんな真奈とは対象的にまったく普段と変わった様子もなく、悠々と長身を座席に預けて長い脚を優雅に組んでいた。

並んで座る二人の間の距離はゼロに近い。
通常、護衛は助手席に乗るものだが、骸にそのつもりはなかったし、真奈もそうして欲しいとは欠片も思わなかった。
パーティションに仕切られているせいで、ここからでは運転席は見えない。
こうして隣に座ってくれたほうが真奈も安心出来るし、骸も色々とやりやすいはずだ。

それにしても、と真奈は男の綺麗な顔を見つめた。
その赤と青のオッドアイを。

「骸はこういうの慣れてるの?」

「僕が?」

美しい柳眉が軽く持ちあげられた。

「そんなわけないでしょう。マフィアじゃあるまいし」

「でも、違和感がないって言うか、様になってるって言うか」

「惚れ直しましたか?」

「……ばか」

強張っていた身体から一気に力が抜ける。
この男のこういうところは昔から本当に変わらない。
クフフと含み笑う声も。

脱力した真奈の頬を黒い革手袋に覆われた骸の手が包み込んだ。
僅かに革が軋む音を伝えて、ゆるりと頬を撫でる指の感触が気持ちいい。

「僕にしては随分我慢したと思いますよ。君のようなトロくさい子のペースに合わせてあげたんですから」

骸の顔から笑みが消え失せる。

「ですが、それも今この時までです──もう、待たない」

「骸……?」

真奈は若干怯えた目で骸を見つめた。
頭の片隅で警鐘が鳴っているのが信じられない。
白い霧が車内に漂い始める。

「言ったでしょう。迎えに来たんですよ、君を」

いとおしげに唇をなぞる指。
甘い声。

何か言葉を発する前に真奈の意識は闇の中へと堕ちていった。



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