一目見た瞬間からザンザスは真奈の様子がおかしい事に気が付いていた。

雪のように白い腕の内側に残る注射針の痕とおぼしき複数の傷痕。
明らかにただ単に拘束されていただけではない。
戒めから解放されても、自力で起き上がることはおろか上下の感覚も危ういといった風の真奈をザンザスは軽々と腕に抱き上げた。

「何をされた」

「血を採られて……点滴で何か薬を打たれて……あとは、針を刺されて何かデータを取ってたみたいだけど……」

それだけ語るのでさえもひどく辛そうだった。
声を出すのさえ苦しいのかもしれない。
真奈は大人しくザンザスに身をもたせかけてぐったりしている。

何らかの薬物を使われたのは間違いない。
それが直ちに解毒が必要なものかどうか確かめねばならなかったが、まずは移動が先だ。

「目を瞑っていろ。移動する」

「うん…」

微かに微笑んだ真奈が力無く瞼を閉じる。
あまりにも儚げなその様子にザンザスは思わず眉をひそめた。

リング争奪戦の際、沢田綱吉と初めて対峙したあの夜。
ザンザスが放つ殺気に気圧されてその場にへたりこんだ弟を背に庇い、この娘は真っ直ぐザンザスの目を見つめ返してきた。
その気丈な少女がここまで弱る程、いったい何をされたのかという疑念が更に強まる。

「ボス」

車外からの呼びかけに応じて、ザンザスは腕に真奈を抱えたまま車の外へと降りた。

外に出た途端、真奈はひやりとした空気を頬に感じた。
触れ合っている場所から伝わってくるザンザスの体温が熱く感じる程に外気は冷たい。

「無事だったみたいだなぁ!」

聴き覚えのある快活な声が近くであがる。
スクアーロだと直ぐにわかった。
ザンザスに抱きかかえられた真奈の様子を見て戸惑ったのか、少し息を飲むような間をおいて、彼は「どこか悪いのか」と静かな声でザンザスに尋ねた。

「薬を打たれたらしい。このまま連れて行く」

「ボスーー」

少し離れた場所からもう一つ声があがる。
緊迫感のない、まだ若いその声には心当たりがなかった。
もしかするとこの10年の間に新しく入ったメンバーなのかもしれない。

「車はどうしますかー?」

「処分しろ」

「この霧だ。崖下に落としときゃ事故だと思うかもなぁ」

ザンザスがフンと笑う。

「そんな小細工に引っかかるようなカスはてめぇぐらいのもんだ」

「スクアーロ作戦隊長、顔はイイのに結構ぬけてますもんねー」

「うお"ぉい!てめぇも谷底に落とされてーかぁフラン!?」

「うるせえ」

微かな振動があり、「うぐっ」と呻く声が響いた。
どうやらスクアーロがザンザスに蹴り飛ばされたらしい。

「さっさとやれ。遊んでやがると車ごと燃やすぞ」

「了解でーす」

先程スクアーロにフランと呼ばれていた若い隊員の間延びした声がザンザスに答えた。
スクアーロの舌打ちが続く。
彼らの気配が遠ざかっていくのを感じたのを最後に、真奈の意識は今度こそ闇に沈んでいった。



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