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一瞬、自分が何処にいるのかわからなくて混乱しかけた。
だが、それもほんの僅かな間のこと。

見慣れた座席。
頭上には荷物棚。
窓の外にはプラットフォームが見える。
キングズ・クロス駅の九と四分の三番線のプラットフォームに間違いない。
ここはホグワーツ特急のコンパートメントの中だ。

なまえの正面、彼女と向かい合う位置には、ホグワーツの制服を着たトム・リドルが座っている。

「私……眠ってた?」

「まだ絶賛寝ぼけている真っ最中だな」

リドルはおかしそうに笑った。

窓の外一面に広がる濃い霞の向こうに、同じ特急に乗るらしい大勢の人の影がぼんやりと透かし見える。
彼らがこちらに注目しているらしいことは感じていたが、別に不思議だとは思わなかった。
何と言ってもリドルは有名人なのだから。
悪名高い闇の魔法使いという意味で。

突然、どこからか泣き声とも怒りの声ともつかない叫び声が響いてきて、なまえはビクリと身を震わせ、視線を周囲に彷徨わせた。

「気にするな」

リドルが静かに笑って言った。

「あれはもうお前にもどうにも出来ない。手遅れだ」

彼のその言葉が聞こえたわけではないだろうが、叫びが一際大きくなった。
声の中には、深い悲嘆と怒りが含まれているのが感じられる。
そして、たぶん恐怖も。

ぼんやりとしか姿が見えない他の乗客達は、苦痛に満ちたその叫び声に対して驚くほど冷淡だった。
誰一人として同情している様子はない。

「でも……」

「誰にも救えない」

リドルの声はどこまでも冷静だった。
あの叫び声とは違い、怒りも苛立ちもなく、凪いだ海のように平静だ。

「悪を超えた領域に至るまで魂を切り刻んだ者の末路だ」


リドルが瞳を伏せる。

“彼”は自分自身以外の何者も信じようとはしなかった。
他者に頼る、依存するなどという行為は、“彼”にとってはおぞましいものでしかなかったのだ。

学生時代、不死の秘法を探していた“彼”が賢者の石から作られる霊薬に興味を示さなかったのもそのせいだった。
『命の霊薬』は永遠に飲み続けなければならない。
そんな風に何かに頼らなければ得られない不死ならば、分霊箱のほうがまだしも信頼出来ると判断したのである。

死喰人にしても同じことだ。
“彼”にとって死喰人は単なる道具に過ぎず、心から“彼”に忠誠を誓い、すべてを捧げたベラトリックスでさえも、“彼”の特別にはなり得なかった。

“彼”は常に独りだった。孤独だった。

それは“彼”自身が望んだことだ。

そうしてただ己の欲望のまま突き進み、他人を利用し、殺し、命やそれ以外のあらゆるものを奪ってきた──その結果がこれだ。


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