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「もう大丈夫だ。目を開けてごらん」

父の声に促されて、きつく閉じていた目を開く。
最初にエリーの瞳に映ったのは白い霧だった。
やがて、ゆっくりと漂いゆくそれの向こうに真紅の蒸気機関車が見えた事で、霧だと思ったものがホームにもうもうと立ちこめている蒸気だったのだとわかる。

カートを押したりトランクを引きながら行き交う人々。
列車の前で話している家族。
九と四分の三番線のホームは、ホグワーツに向かう子供達を見送りに来た沢山の魔法使いでいっぱいだった。

普段あまり目にすることのない喧騒に驚いて思わず繋いでいた父の手をギュッと握りしめると、小さな笑い声が頭上から降ってきた。

「怖がらなくていい。初めは緊張するかもしれないが、直ぐに慣れる」

「うん」

「誰かに何かされたらパパに言いなさい。いいかね?」

「まあ、また始まった!」

続いてホームにやってきた母が笑う。
見上げると、父は気まずそうに眉間に皺を寄せていた。

「何回同じ台詞を繰り返したら安心するのかしら。そんなに心配しなくても、エリーなら大丈夫よ」

「心配はしていない。我輩はただ、エリーが少し緊張しているようだから安心させようと思っただけだ」

すれ違う家族がチラチラとこちらを伺っている。
何人かはスネイプに会釈をして通り過ぎていった。
エリーの父のスネイプはホグワーツで教師をしているのだ。

「スネイプだ!」と声を上げた少年は、本人に一睨みされ、蒼白になって母親らしき女性の背に隠れてしまった。
どうやらスネイプは随分と恐れられているらしい。
家での優しい父しか知らないエリーは、そんな周囲の様子をキョトンして眺めていた。

「そろそろ時間よ」

時計を確認した母がエリーを抱き締める。
ホグワーツには父はいるが母はいない。
これから母には暫く会えなくなるのだと実感した途端、急に寂しさがこみあげてきた。

「ママ、手紙を書いてくれる?私も書くから」

「ええ、勿論。お菓子も一緒に送ってあげるから、新しいお友達と食べてね」

うん、と頷いて今度は父のほうを見る。
スネイプはホグワーツ特急には乗らないので、学校に着くまで少しの間だけお別れだ。

「パパとはいつ会えるの?」

「大広間での歓迎会の時に。我輩は職員テーブルにいる」

「そうそう、学校にいる時はパパのことはちゃんと“スネイプ先生”って呼ぶのよ」

母の言葉にエリーは素直に頷いたが、父は複雑そうな顔をしていた。
トランクを列車に載せて貰って、エリーも乗り込む。

「じゃあ、行って来ます、ママ。パパ、また後でね」

「ああ」

「行ってらっしゃい。体には気をつけてね」

母に手を振り返したエリーは、トランクを押して通路を歩き出した。


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