複雑な生い立ちでありながらも、彼はよく懐いてくれている。 養母といっても、正確にはなまえはトムの後見人のようなもので、書類上ではアルバス・ダンブルドアが彼の保護者ということになっているのだった。 「だから早く帰ろう」 「うん…そうね」 トムがなまえの手を引いて歩いていく。 いつの間にか随分と力が強くなっている。 加減してくれてこれなのだから、もしかすると、本気になったらもう力では敵わないのではないだろうか。 どんどん大きくなって、背もきっと高くなる。 自分よりもずっと高くなって──少年から男へと成長していくのだ。 ふと、近くの路地に目を向けたなまえは、そこに一匹の黒猫がいるのを見つけた。 闇に紛れるような漆黒の色をしたその猫は、紅い瞳でじっとこちらを見つめている。 なまえは無意識のうちに胸元へと手をあてていた。 壊れた逆転時計が下げられている場所へと。 「母さん?」 「あ、ごめんなさい。何でもないの」 トムがなまえの視線を辿り、黒猫を見つけた。 猫となまえを見比べた彼は、再び黒猫へと視線を向けた。 その瞳が、すうっと冷たく細められる。 「あの猫がどうかしたの?」 小さな唇から紡がれたのは驚くほど冷ややかな声音だった。 「え、ううん! 本当に何でもないの。可愛いなと思って」 「でも、悲しそうな顔をしてた」 トムはまだ猫を睨みつけている。 悲しそう? なまえは首を傾げた。 そんな顔をしていた自覚はなかった。 チリン、と鈴を鳴らして黒猫が闇へと身を翻す。 消え失せるようにして見えなくなったその姿を見送って、なまえはトムへと微笑みかけた。 「さあ、行きましょう」 トムは納得いかなさそうな顔でなまえを見上げたが、頷いてまた歩き出した。 |