その小さな家は森の近くにあった。 黒い外套の襟元に吹き付けてくる風が冷たい。 駆け足で過ぎ去ってしまった夏の代わりに、灰色の季節が訪れたのだ。 今宵はハロウィン。 ホグワーツでは宴の準備が始まる頃だろう。 学生時代を思い出して少し懐かしい気持ちになりながら、外套の襟を立てて、ドラコは玄関ポーチへ続く階段を上がって行った。 「来てくれて有難う、ドラコ」 小さな家の女主人が笑顔でドラコを出迎える。 「外は寒くなかった?」 「気温はそれほどでもないけど、風が少し冷たい」 室内は外と違って暖かかった。 知らず、身体から力が抜けていく。 外套を脱ぎ、促されるままテーブルの前に座ると、直ぐに良い香りのする湯気を立てた紅茶とシフォンケーキが振る舞われた。 「不便な事はないかい?必要な物はちゃんと足りてるか?」 紅茶を一口すすってからそう尋ねると、#nanasi#はおかしそうに笑って「大丈夫」と答えた。 少女めいた容姿に相応しい、愛らしい微笑み。 だが、その細い身体の中心、なまえの小さな胎内では、もう一つの命が育まれているのだ。 それがドラコには不思議でならなかった。 そして、心配で仕方がなかった。 「昨日、ハリーにも同じ事を聞かれたわ」 ドラコは僅かに顔を顰めて何か言いたげに息を吸い込んだが、結局何も言わずにムスッとした顔で口を閉じた。 魔法界を救い、正真正銘“英雄”となったハリー・ポッターに彼が向ける感情は、もはや単純な敵意だけではなくなってしまっている。 盲目的なまでに己が正しいと信じ、ただ憎悪をぶつけるだけでいられた子供の頃にはもう戻れない。 あの頃とは何もかもが変わってしまった。 「あいつは何て?」 しばしの沈黙をおいて、ドラコがぼそりと呟く。 「ドラコと同じ。私を……私と赤ちゃんを心配して様子を見にきてくれたみたい。身体は大丈夫かとか、必要な物はないかとか、そういう話をしただけよ」 なまえの白い手が柔らかく膨らんだ腹を撫でるのを見ながら、ドラコは紅茶のカップを傾けた。 ということは、ハリーもまた肝心な事を聞けぬまま帰って行ったということだ。 今までドラコがそうだったように。 |