『必要の部屋』は、その時に部屋を必要とする人間の目的によって、様々に形を変える。 今は、貴族の館の客室のような豪華な姿をとっていた。 壁は全面をタペストリーで覆われ、床には、毛足の長い真紅の絨毯が敷き詰められている。 幾つもクッションが乗っているふかふかのソファ。 果物がたっぷり盛られたガラスの器と、飲み物のグラスが置かれた、木製のテーブル。 四方を分厚いカーテンで遮られた、天涯付きのベッド。 燭台の灯りに照らし出される調度品も、全て高級そうな物ばかりだ。 もう何度となく愛を交わした見慣れた場所であるはずなのに、寝台を目にしたなまえは、改めて頬を赤く染めた。 これも自分が『必要』とした物なのだと思うと、淫らな望みを暴かれたようで恥ずかしくて堪らない。 それとも、これはトムが望んだ部屋なのだろうか? 「トム」 そっと名前を呟いたなまえを黒猫が見上げる。 腕の中でもぞりと蠢いた感触に、思わず抱いていた腕の力を緩めた途端、猫はしなやかな動きで絨毯の上に飛び降りた。 風も無いのに揺らめく燭台の灯りの先で、タペストリーに映った影が長く伸びていく。 小さく息をついて、額に垂れかかる黒髪をかき上げた青年が、なまえに向かって微笑みかけた。 意地悪だけど、とても魅力的な笑顔で。 「お前から、しかもまだ明るい内から求めてくるのは珍しいな」 「ち、違っ……!」 慌てるなまえに「冗談だ」と笑うと、リドルは両腕を差し伸べて、なまえの顔の両側の壁に手をつき、腕で作った檻の中にその身体を閉じ込めた。 「気になっているのならば、はっきり聞けばいい。あの猫を孕ませたのか、と」 「…そう…なの…?」 ピジョンブラッドを見上げるなまえの瞳が、潤んで揺れる。 パンジーにはきっぱりと否定してみせたものの、心の何処かでリドルを信じきれていないのは分かっていた。 自分でなくても良いのか、と。 身も心も猫のように気まぐれな彼のことだ、それこそ、相手は誰でも良かったのではないか、と。 そんな風に疑ってしまう自分が嫌で仕方がなかった。 だから、 「残念ながら僕じゃない」 笑みを含んだままの声でリドルがそう言った時には、安堵のあまり体中から力が抜けて、その場に座り込んでしまうところだった。 それを止めたのはリドルの力強い腕だ。 片腕でなまえの腰を抱くようにして軽々とその体重を支えてくれている。 「馬鹿な女だ。本当に、この僕が、たかが猫如きに発情するとでも思っていたのか?」 「だって……」 猫だから。 と呟けば、怖い目で睨まれた。 見事なルビー色の瞳が、不穏な感じに細められる。 「…なるほど。どうやら、お前にはお仕置きが必要なようだな。望み通り、孕むまで犯してやろう」 「望んでない!望んでないっっ!!」 なまえは叫んだ。 しかし、幸か不幸か、防音もバッチリな『必要の部屋』で響いた悲鳴(と、それから程なくして響き始めた嬌声も)は、部屋の外に漏れ出す事は無かった。 恋人の不貞を疑った娘にお仕置きしてやるのに、これほど都合の良い場所は他にない。 たっぷり、じっくり、時間をかけて。 『黒猫トム』が唯一発情する相手が誰であるのか、リドルはなまえの心と躯にしっかりと刻み込んだのだった。 |