“それ”が暗闇を滑るようにして近づいてくると、ハリーが額を押さえて苦しみだした。 なまえの腕の中から黒猫が飛び出し、“それ”となまえの前に立ちはだかる。 真紅の瞳を燃え上がらせながら毛を逆だてて威嚇する猫を見た“それ”は、ぴたりと動きを止めた。 「ハリー!」 金縛りが解けたなまえは、倒れかかったハリーを急いで支えた。 ハリーは地面に膝をつき、苦しそうに呻いている。 背後から蹄の音が聞こえてきたと思った次の瞬間、二人の頭上を飛び越えて、一匹のケンタウルスがフードを被ったモノに突進していった。 前足で蹴りつけてそれを追い払う。 「ハリー、ハリー、大丈夫?」 「うん…たぶん…」 ハリーの声は弱々しかったが、意識はあるようだ。 フードを被った生き物を追い払ったケンタウルスの神秘的な青い目が二人を見つめている。 「怪我はないかい?」 「はい、有難うございました」 「あれは何だったの?」 ハリーがケンタウルスに尋ねる前から、なまえにはその質問の答えが分かっていた。 ようやく分かったのだ。 知っているはずなのに知らない誰か。あれは── ハリーとケンタウルスが何かを話している。 しかし、なまえにはその会話が自分の身体を素通りしていくような気がしていた。 「賢者の石」や「ヴォルデモート」の単語だけははっきりと聞こえた。 遠くからハグリッドの声が聞こえてくる。 「──彼は、」 ふと気がつくと、ケンタウルスがなまえに話しかけていた。 青い瞳がなまえを見、それから彼女の足元にいる黒猫を見る。 トム・リドルを。 「彼は、貴女の味方なのですね」 静かな声音で告げられた言葉に、猫はフンと鼻を鳴らした。 尻尾がぱたりと一度だけ振られる。 なまえは小さく微笑んで彼を腕に抱き上げた。 黒猫は嫌がりもせず、目を閉じて喉を鳴らしている。 やってきたハグリッド達と入れ替わりにケンタウルスは再び森の中へ戻っていった。 ついさっき、自分は殺されかけたのだと理解して震えるハリーと、闇の帝王の分身に守られている少女を残して。 |