「クロリス…」 優しい響きを持つ低い美声が耳元で聞こえ、クロリスはゆっくりと夢の世界から覚醒した。 緩慢な瞬きを繰り返す瞳に映るのは、惚れ惚れするような美貌。 「兄さま…」 クロリスがいるのは従兄であるルシウスの膝の上だ。 低いエンジン音が伝わって来るのは、マグルの車を改造した魔法族用の高級車に乗っているから。 二人は夏期休暇でホグワーツから戻って来たところだった。 まだ眠気が取れぬまま、甘えるようにルシウスの胸に擦り寄るクロリスの髪を、整った冷たい指先が梳いていく。 「随分楽しい夢を見ていたようだね」 甘えられて嬉しそうに笑うルシウスは、この僅かに年の離れた従妹を溺愛していた。 勿論、ひとりの女性として。 その心も躯も魂も独占せずにはいられぬほどに、激しく。 髪から降りて来た指先は、慈しむように頬を撫で滑り、その華奢な顎先に辿り着くと、そっとそれを持ち上げた。 見上げる形となったクロリスが、ルシウスの端正な顔が近付いて来るのを見て瞳を閉じる。 甘く重なる唇。 「…小さい頃の夢を見ていたの」 香りを楽しむように細い首筋に顔を埋めるルシウスの銀髪を指で弄びながら、クロリスは微笑んだ。 従兄妹から、恋人同士として睦み合うようになった今も、幼い日々の思い出は純粋なままクロリスの中に残っていた。 白い肌に紅い痕を刻みつけているルシウスの唇が、笑みの形に歪んだのを直に感じる。 「君はいつも私から逃げ出して隠れては、楽しそうにしていたな」 「だって、追いかけて欲しかったんですもの」 クスクス笑う、その愛らしい笑い方は昔のままに、ルシウスの手によって『少女』から『女』にされたクロリスは、恋人の肩に頭をもたせかけた。 「どんなに逃げても、どこに隠れても、兄さまはちゃんと私を見つけてくれた…それが嬉しくて、幸せで、とても安心したの」 「私は君がいなくなるたびに気が気でなかったよ」 ワンピースの裾に忍び込もうとした手をそっと押しとどめて、クロリスは「ごめんなさい」と告げた。 「でも、私、いつも不安だったの。兄さまがいつか私から離れて行って、私だけの兄さまでなくなってしまうと思うと、怖くてたまらなかった…」 ルシウスは静かに微笑んで瞳を閉じた。 同じだったのだ。 二人とも、同じくらい相手を必要としていたのだ。 「私が君を手放す?クロリス、私は誰だ?」 視線が絡み合う。 「ルシウス・マルフォイ」 「そうだ。私は一度手に入れたものは決して手放したりはしない。君は、永遠に私のモノだよ、クロリス」 逃がさない。 離さない。 迷宮を駆け回りたければそうするがいい。 だが、これは出口のない迷宮だ。 どれほど逃げようとも どれほど隠れようとも 最後に戻って来る場所はこの腕の中なのだ。 |