「すみません、失礼します」 そろそろ遊びも飽きただろうと、踵を返そうとした途端、不意に腕を掴まれ、強い力で引き寄せられた。 「君は賢い」 腕を掴まれたまま腰を抱かれ、美しい毒蛇が至近距離から覗き込んでくる。 「君にはわかるはずだ、なまえ。どちらの側につくべきなのか……誰のものになるべきなのか」 「そんな、こと……!」 目と目が合い──ようやく謎が解けた。 こんな間近でこの男に見つめられて正気を保てる女など存在しない。 高慢で気位は高いけれど、どこか夢見る乙女のような純真な部分があったあのナルシッサがメロメロになってしまうわけだ。 なまえは意思の力を総動員して、一瞬でも気を抜けば奈落の底まで堕ちかねない邪悪な魅力に満ちた瞳の誘惑に必死であらがった。 「離して!!」 視線の呪縛を断ち切り、身をよじって抵抗すると、ルシウスは意外なほどあっさりなまえを解放した。 驚いた事に彼は笑っている。 「それでこそ、私の獲物だ」 ルシウスの姿が黒い靄となって消え失せた後も、なまえは暫く動けずにいた。 ルシウスは何をしに今夜家にやってきたのか。 あるいはもう既に何かした後だったのか。 魔法省で働いている自分の父は既に服従の呪文にかけられているのだろうか。 あらゆる最悪の事態が想定される。 もうチェックはかかっているのかもしれない。 少なくとも、ルシウスはチェックメイトも同然だと考えているだろう。 それでも逃げる事は出来ないのだ。 |