聖マンゴ病院での仕事を終え、自宅に帰り着いたなまえは、誰かが自宅の玄関前に立っているのを見て、姿現しをしたその場で足を止めた。 闇の中に佇む男。 背が高く、滑らかなプラチナブロンドが黒い外套の背に流れている。 ルシウス・マルフォイだ。 彼はゆっくりとこちらを振り返り、わざとらしい笑顔を浮かべてみせた。 「やあ。今帰りかね?」 「私の家に何のご用ですか?」 「君に逢いに来た……とは、思ってくれないのかな?」 「思えません」 きっぱり即答すると、ルシウスは、くっくっと肩を揺らして笑った。 「君は実に賢い。聡明な女性だ。私は君のような女性が大好きでね」 嬲るのが、と暗にほのめかして艶然と微笑む。 その性根と同様に冷酷な色をした瞳には、獲物を丸飲みしようと狙う蛇のような獰猛な欲が潜んでいる。 「決して聖マンゴの仕事を貶めるわけではないが、君ならば魔法省に勤める事も出来ただろうに。君の父上も、娘と同じ職場で働くのを楽しみにされていたはずだ」 「癒師になるのは私の夢でしたから」 「ああ、そうだったね」 ルシウスは宥めるように優しく言った。 「ホグワーツでも、君は夢を叶える為の努力を惜しまなかった。あの頃から私は君を気に入っていたのだが、君は一度も私の求愛を真面目に受け取ってはくれなかったな」 なまえが黙っていると、ルシウスの声音は、よりいっそう甘く蕩けるような囁きへと変化した。 言葉から毒が滴り落ちるのが目に見えるようだ。 「私の気持ちは今も変わっていないよ」 「私の気持ちも変わっていません」 なまえは努めて平静を装ってルシウスを見つめ返した。 相手のどんな変化も見逃さないつもりでいた。 いま目の前にいる男は、単なる求愛者でもなければ、単なる学校の先輩でもなく、“名前を呼んではいけないあの人”の腹心の部下なのだ。 身を守る為に知っておいたほうがいいとその事実を教えてくれた男もまた、死喰人の一人ではあったけれど。 少なくとも、彼はこの男ほど堕落してはいないとなまえは判断していた。 「聖マンゴは最近、非常に忙しくなっています。自分にはおかしな魔法はかけられていないか、家族は大丈夫かと、疑心暗鬼にかられた人々が毎日のように駆け込んでくるんです」 「そのようだね」 ルシウスはそっと目を伏せた。 「ひどい話だ」 ──白々しい! 誰のせいだと思っているんだと詰め寄りたくなるのを、なまえはぐっと奥歯を噛み締めて堪えた。 重要なポジションについている多くの者が死喰人によって服従の呪文をかけられているという噂は、恐らく事実だろう。 魔法省は既に死喰人の手に落ちたも同然だ。 |