今でも覚えている。 あの時も教会の鐘の音が鳴っていた。 厳かに天に響いていたそれは、今鳴っているような葬列の鐘ではなく、婚姻の儀式のものだったけれど。 今は一人、ゆっくりと歩みを進める男の足の下で枯葉が乾いた音を立てる。 荒れた墓場に植えられたイチイの木を何気なく見上げ、そういえば、これは墓場に生える木だったかと苦笑した。 イチイは彼の杖の材料となった木だ。 不死性を表すそれは、いかにも自分にふさわしいと思っていたものだが。 男は教会の扉を開いた。 「汝、トム・マールヴォロ・リドルは、この女を妻とし、病める時も、健やかなる時も、これを愛し、これを慰め、死が二人を分かつとも、他の者に依らず、この女のみに添う事を誓いますか?」 婚礼の儀式が終わり、参列客が全て外に出た後、忍び込んだ教会の中で。 リドルは呆れ顔で、牧師を真似て宣誓の言葉を口にしたなまえを見遣った。 女というヤツは、つくづくこういったママゴト遊びが好きな生き物のようだ。 「誓いますか?」 瞳を輝かせて、花嫁になったつもりで式の真似事をしているなまえは、「早く答えろ」と言わんばかりにリドルを促す。 誓わないと言ってやったら泣くのだろうなと思うと、げんなりするような気分になりながら、リドルは溜め息をついた。 「『誓います』」 それでもやはり素直にノってやるのはつまらないからと、わざと下手な役者が台詞を棒読みする時のような口調を作って言ってやる。 しかし、そんなリドルの意地悪を知ってか知らずか、嬉しそうになまえが笑いかけたので、リドルはますます子供のお守りをしているような気分になった。 「くだらない…ただの真似事だろう」 「いいの。リドルが誓ってくれた事に意味があるんだから」 真似事とはいえ、"あの"トム・リドルに愛を誓わせたのだから、自慢げに胸を張ってみせる。 それは、彼の人生において、別段楽しい思い出というほどの出来事でもなかったはずなのに。 彼女が忽然と姿を消して以来、何故かふと心に甦っては、彼を苦しめる記憶となった。 今でも覚えている。 なまえの柔らかい躯。 甘い香り。唇の感触。 笑い声、泣き声。 それから── 「本当に手のかかる女だ、お前は」 携えて来た花束を空っぽの棺の中に投げ入れる。 遺体は無い。 なまえはある日突然消えてしまったのだ。 まるで、初めからこの世界の存在ではなかったかのように。 まるで、初めから何処か遠い世界に帰る事になっていたかのように。 |