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私の彼氏は王子様だ。

でも、うっかり口を滑らせて誰かにそんな事を言ってしまった日には、間違いなく正気を疑われるだろう。
あるいは、二十歳過ぎてもまだ夢見がちな女だと呆れられてしまうか。


私がベルと出会ったのは二年前の十月、場所は並盛のコンビニだった。
仕事で訪日していた彼がたまたま入ったそのコンビニで私がアルバイトをしていたのである。

私の王子様は、その時なんと誰もが知っているであろう有名なゴールドカードで五円チョコを買おうとしていた。
何でも「カワイクない同僚」と賭けで負けた罰ゲームだったらしい。

「王子をパシらせるとかマジでありえねー」

憤慨しつつ、無造作にカードをぽんと投げ出してみせた彼に、私は文字通り目を丸くしたものだ。

「なに、カード使えねーの?ここ」

「いえっ、そうじゃないです。ただ、これだけなのに、カードでいいのかなって…」

「だって俺、現金持ち歩かねえし。カードしかないんだけど」

「あの、じゃあ、私が出します」

思わず勢いで言ってしまった私に、金髪の少年は「はあ?」と盛大に疑問符を浮かべて聞き返してきた。

今思えば、そこはコンビニ店員らしく、「他にご一緒にお買い求めの品はありませんか?肉まん美味しいですよ」などと勧めてみるべきだったのかもしれない。
だが、結果として、私はその事がきっかけで「変な奴」として彼に認識され、五円チョコのお礼にとホテルのレストランで食事をご馳走になる栄誉に預かったのだった。


その王子様は今、私の部屋で私が書いたレポートをチェックしている。

ベルがキーボードを叩く音を聞きながら、私は珈琲を淹れていた。
勿論本場イタリアのものとは全然違う日本の珈琲だけど、ベルは意外と気に入っているらしい。

私は両手にマグカップを持って、テーブルに置いたノートパソコンに向かっているベルの所に戻った。
長い前髪で目元が隠れてるのによくちゃんと見えるなあ、などとヘンな感心をしてしまう。

「なあ、コレ出来が悪いと暴力受けたりとかしねーの?」

「しないよ〜。そんなことしたらすぐ問題になちゃうって」

私は笑ってマグカップを彼の邪魔にならない位置に置いた。

ベルは年下だけど、私なんかより余程しっかりしている。
それにとても物知りだ。
彼が七ヶ国語以上の言語を自在に操れると知った時は本当に驚いた。
考えてみれば、日本語も流暢を通り越してごく自然に話しているのだから、それだけでも十分凄いのかもしれない。

かと思うと、年齢相応の少年らしい部分もちゃんとある。
子供みたいに無邪気で残酷な面と、大人顔負けの知性とが、ベルのこの細身の体躯の中で仲良く同居しているのだ。



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