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編入先の聖ルドルフ学院の女子テニス部は、驚くほどなまえの肌に合った。
観月の言った通りだ。

勿論彼の言葉を信用していなかったわけではない。
ただ、やはり他校からの編入生、それも去年は対戦相手だった人間ということで不安があったのだ。
ここの女子テニス部は馴れ合いにはならない良い意味での協調性があり、「共に切磋琢磨していく仲間」といった雰囲気なのが嬉しい。
全国から優秀な人間をスカウトしているという特色のお陰か、敵意を向けられたり陰口を叩かれたりすることは全くなかった。
クラスメートともすぐに仲良くなれたし、友達も出来た。
男子テニス部の三年生とも話すことが多く、特に裕太は、自分も観月に勧誘されて青学から編入してきたということで、同じ道を歩んだなまえに親近感を持ってくれたらしく、かなり気にかけてくれている。

ただ一つだけ困ったのは、休み時間中の教室や部活中のコートに、別のクラスの子や上級生が覗きに来ることだった。

「ほら、あの子が…」といった具合に。

悪意は感じられないものの、好奇の視線に晒されるのはやはり少し落ち着かない。

「それは仕方ないんじゃない?『観月先輩のお気に入り』って噂が流れてるんだから」

部室で着替えているとき、テニス部の友人が言った言葉に、なまえは危うく脱いだスカートを床に取り落としてしまうところだった。

「う、うそっ!?」

「ほんとほんと」

「特に先輩のファンの子の間じゃ有名だよ。結構騒ぎにもなってたし」

なんということでしょう。
劇的にリフォームする番組の決まり文句が思わず頭に浮かんだ。
だから見に来る生徒は女子が多かったのか。

「あの観月先輩が、ってかなりショックだったみたい」

「先輩、興味のない人間には冷たいから」

「敬語だし、話し方は柔らかいんだけどね。感情がこもってないっていうか、なんか冷めてるんだよね」

「基本的に女子には優しいんだけど、自分に好意を持って近づいてくる子には容赦ないし」

「そうそう。前に好きなタイプを聞かれて、『そんな事を聞いてどうするんですか?』って冷静に返されたらしいよ」

「うん、いま観月先輩の声でバッチリ脳内再生された」

「憧れてる子も多かったんだよ。でも、告白すら許されないような冷たい壁があるのを感じて、大抵は諦めちゃうみたい」

「諦めなかった場合は?」

「バッサリ切り捨てられておしまい」

口々に語られる観月の学校での姿に、なまえは頭がくらくらする思いだった。

「あ、そういえば、まだなまえの名前を知らなかった時なんて、みんなに“ぴよちゃん”って呼ばれてたよ」

「ぴよ?なんでぴよ?」

「観月先輩の後をひよこみたいにぴよぴよついて歩いてるからでしょ」

ぎゃふん。
自覚があるだけに言い返せない。

そんな会話を交わした日の練習中。

「なまえちゃん、ほらあそこ!」

友人にツンツンと指で肩をつつかれ、視線で促されて後ろを振り返ると、離れた場所に腕組みをして佇んでいる人物が目に映った。
観月だ。
途端になまえはぱああっと笑顔になり、手を振った。

観月は手を振り返すことはしなかったが、分かっているといった風にちょっと微笑んでみせた。
そのまま、彼は女子テニス部の部長と何やら話しはじめたので、なまえは頭を切り替えて練習に集中した。
この学院への編入を勧めてくれた観月にみっともない姿は見せられない。


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