「明日、ですか。それはまた随分急な話ですね」

「不満?」

「いいえ。喜んでお受けしますよ。前回の依頼の時には十分楽しませて頂きましたから」

「相変わらずね……まあ、いいわ。好きにして頂戴。仕事さえしっかりこなしてくれれば文句は言わないわ」

ヘラはカップに白い指をかけて、小さく溜め息をついた。
"前回の依頼"に関しては、彼女にも複雑な思いがある。
しかし、その事件がなければ今の生活は無かったのだから、やはり感謝するべきなのだろう。

「それにしても、おかしな方だ」

依頼の説明をする間にすっかり冷めてしまっていた紅茶の味に僅かに顔をしかめたヘラに、赤屍はくすりと笑みを雫して見せた。
馬鹿にするでもなく、ただ面白がっているようなその笑い方に、ヘラは飲みさしの紅茶から男へと疑問の眼差しを向ける。

「どういう意味?」

「そのままの意味ですよ。前回の依頼は、依頼主である貴女にとっては失敗したも同然でしょう。役目を果たせなかった運び屋を再び指名するのは、どのような心境からなのかと思いまして、ね」

「ああ…そういうこと」

ヘラは納得して苦笑を浮かべた。

「簡単よ。他に適任者がいなかったの。誰が好きこのんであんな島に行きたがるものですか。ただでさえ陰気な場所なのに、例の事件以降は気味の悪い噂まで立って、今では裏稼業の人間も忌避しているくらいなのよ。馬鹿馬鹿しい話だけど」

「その噂ならば私も聞いています。それを抜きにしても、なかなか楽しい所だと思いますけどねぇ」

錆びた展望台の柵の向こうにひしめく無数の白い人影を見た。
あるいは、血塗れの歩く死人を見ただとか。

マフィアの裏取引の会場に使われ、更には殺戮の現場にもなった場所にしては、それなりに尾ひれのついた噂話が横行しているのは赤屍も知っていた。
そもそも、その島を噂話のもととなった凄惨な事件現場にしたのは彼自身なのである。

そういう意味では、美堂蛮も共犯だ。
というか、あの島に死体の山が出来たのは、蛮との戦闘に茶々を入れたマフィアが悪いのだが。

その後どのようにあの数の死体を始末したのかは、当然赤屍は知らない。興味もない。
ただ、無限城に似た空気を持つあの島には不思議と惹かれるものがあった。

薄暗い、闇を抱える島。

「それに、今更ではありませんか。あそこはとてもただの廃虚とは思えない。私が死体の山を築くまでもなく、おかしな噂の一つや二つ存在しても不思議はない所のような気もしますが」

ホテルのラウンジという場所に似つかわしくない血生臭い会話に、ヘラは美貌を曇らせた。

「どうでもいいわ、そんな話。どちらにしても私には関係がないし、興味もないわ。ただ、私はあの島に確かめに行きたいだけ。そして、そこに"運んで"くれる人間が欲しいだけよ」

あの島──軍艦島に。


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