「なまえさん、そこにいるのですか?」 扉の向こうから赤屍の声が聞こえてくる。 いつの間にか生首はいなくなっていた。 「あ…赤屍さん、どうしよう…私、私、」 「落ち着いて。とりあえず、ここを開けて下さい」 激しく震える手で何とか閂を外すと、すぐに扉が開いて赤屍が入って来た。 「私…ゾンビになっちゃった…」 しくしく泣きながら訴えれば、赤屍は優しくなまえを抱き寄せてその背中を撫でた。 「大丈夫、貴女は催眠ガスのせいで幻覚を見せられているだけです。どこも何ともなっていませんよ」 「幻覚…?」 「ここに来る途中、MAKUBEXくんに調べてもらいました。この病院は旧日本軍が使っていた催眠ガスの影響で、入って来た者に幻覚を見せてお互いに殺し合わせる、という事件が起こっていたようです。まだガスの影響が残っていたのでしょう」 「じゃあ、あの生首も?」 「さて。中には“本物”も混ざっていたのかもしれません」 赤屍に連れられて外に出ると、ガスの効果がきれたのか、ミラーに映る姿に先ほどのような異常は見られなかった。 「他のみんなは…」 「貴女を危険な目に遭わせたお友達のことなら、少々お仕置きが必要だと思い、放置してあります。良い薬になったでしょう」 「た、助けてあげて下さいっ」 「やれやれ…貴女もとんだお人好しですね」 赤屍に助けられた友人達は、いずれも身体のあちこちを『齧られて』はいたものの、赤屍の手当てが迅速だったお陰で、かろうじて一命を取りとめる事が出来た。 「これって、みんなで噛みつきあったわけじゃないですよね?」 「さあ、どうでしょう」 赤屍に尋ねても、はぐらかされて答えてもらえなかったが、なまえにはあの生首は“本物”だったという確信があった。 一体何故、生首だけなのか。 どうしてあの病院にいるのか。 わからないことだらけだが、本当の心霊スポットとはそういうものなのだろうと思う。 ただ、ひとつ気になるのは。 あの生首は今も廃墟の中をさまよっているのかもしれないということだった。 |